めがねが好きすぎて移住してしまった私
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めがねが好きすぎて移住してしまった私

はじめまして、チャーリー・ナガヤマといいます。
2021年現在、福井県鯖江市河和田地区という山間(谷)にある眼鏡工場
「谷口眼鏡(たにぐちがんきょう)」で営業として眼鏡ブランドTURNINGの販売促進やクラフトサングラスブランドtesioのディレクターとして活動しています。

初めての記事でしたので自己紹介としてタイトル通り、めがねが好きすぎて移住してしまった私の話をさせてください。

「めがねが好き」とは

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僕のいう「めがねが好き」というのはプロダクト製品としてめがねが好き!ということ。ここのところを勘違いされることが多々あるので初めに説明。正直、めがねの歴史に詳しかったり、世の中にあるブランドをたくさん知っているわけでもなければ、語れるブランドがあるわけでもありません。
でも、めがねが好きすぎるんです!


めがねは最強

結論から言うと、真面目・個性的・おしゃれなど自分の与えたい印象を一瞬で相手に持ってもらうことができるアイテムが「めがね」だということ!
髪型やメイク、服を変えることでも印象を変えることは出来ますが、サッと手に取って顔に乗せるだけで印象を変えることの出来るめがねって凄くないですか!?

印象を変えることが出来るということに気づいて、最大限に発揮したのは福井に移住する前、人材採用の営業として多種多様な業界の人と話をしていた時期でした。

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移住する前、当時の仕事は求人広告を活用した新卒採用や中途採用を企業に提案すること。会社の行く末を左右する大事な人材採用ですのでまずは信頼されないといけませんでした。が、話をする相手はサービス・製造・アパレル・建築・冠婚葬祭などなど多岐に渡ります。「信頼」といっても業界や話す相手が違えば大きく異なる。

「汗を流しながら作業服で仕事をする工場」と「高層ビルにオフィスを構えるアパレル企業」では働く人も環境も大きく違う。僕は服装を変えるのと一緒にめがねも掛け替えていました。

工場に行く日は上下黒のスーツとシックな色のネクタイに天地が浅いスクエアのメタルフレームを掛けて真面目で硬い印象に。

アパレルの会社に行く日はノーネクタイでカジュアルなジャケット・パンツ、ボストン型のコンビネーションフレームで少し個性的に。

その当時、競合他社が同じ会社に出入りしたこともあり話も聞いてくれない会社も少なくありませんでしたが、工夫をしはじめたことで「この人なら聞いてもいいかも」と話す姿勢になることが増えました。
時々カジュアルな姿で工場に行くと社長に「どうしたん!?」と驚かれることもありましたね。話を聞いてくれるだけでなく、ほとんどのクライアントから「めがね=ナガヤマ」という印象を持ってもらえたので嬉しかったです。

TPOに合わせてめがねを変えるだけでメッチャ楽しいな!
めがねの魅力を再発見し、めがね沼にハマっていきました。


やっぱり、ものづくりは楽しい!

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めがねの魅力にハマりながら仕事をしていたころ、もう一つ楽しいと感じ始めたことがありました。それは、製造業(=ものづくりをする会社)の話を聞くこと。小さなころから手先を使う細かな作業が得意で算数や理科よりも図工や技術が好きな子供でした。某機械のライオンのおもちゃが好きでしたが高価で買えなかったのでそれっぽいものを厚紙で作って遊んだりしていました。大学ではプロダクトデザインを学んでいたこともあり元々持っていた、ものづくり熱が上がり始めた。当時、仕事をする中で僕はクライアントの会社やスタッフ、製品のことを細かく聞いてその会社のことを語れるようになろうと心掛けていました。実際に語れる企業ほど広告効果も良かったです。


🔥その中でも製造業の社長の話は超面白い🔥


話はじめは「ウチなんて大したことないよ…」と言っていたのに自分たちの作る製品の話になると徐々にヒートアップ。業界全体の話から自社製品の特長、親父さんの代からの苦労や努力、熱も冷めやらぬまま工場見学ツアー!
嬉しかったことも苦しかったことも目を輝かせながら話す社長やスタッフの姿を見て、憧れと一緒にものづくりの楽しさを思い出しました。

そして迎えた20代最後の年…頭に浮かんだのは ものづくり×めがね でした。

めがねの産地の認知度の低さに驚愕…
自分のやるべきことが決まった瞬間

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思い立ったが吉日。めがね業界に転職することを決心しました。
住まいは兵庫県尼崎、職場は西宮や神戸三宮といわゆる都会というエリア。
人材採用を仕事にしていたので情報収集は得意でしたが、目に留まるのは眼鏡店の販売スタッフ募集がほとんど、本当に自分がしたいめがねの仕事は
製造もしくは製造に近い所で働くことだったのでその段階で働く場所は都会ではなく地方=鯖江しかないと確信、転職を決めて数日のことでした。
めがねのメイドインジャパン≒福井県鯖江という事は知っていたけど、僕以外の人にめがねの話をするとほぼ知らない。めがねを普段掛けている人でも知らない人がいるという事実にビックリ!

こんな良いもの(めがね)を知らないなんてもったいない!
営業の経験を活かして自分が鯖江のめがねを拡げよう!
この時、自分のやるべきことが固まりました(超勝手に)。


エイッヤー!でも大丈夫。
移住する前に友達100人で、もはや地元に

ネットで求人情報を探しても大きな進展はありませんでしたが、

「鯖江は遠いけど同じ国やし、言葉は通じる!」
「まずは住んでみてダメだったら出戻りや!」

と楽観的な考え方をしてる自分がいました🤪普段は超ネガティブな性格。
好きなこと、やるべき目的が明確になっていたからこそ心に余裕があったのかもしれません◎

車を購入し、仕事が休みの週末に福井に通い就職活動を開始した2015年夏。
まずは福井を楽しもうと思い、めがね好きなら興味を持たないはずがない
めがねフェスに行くことに。なんとSNSで準備スタッフの募集をしている!その場で投稿を上げていたフェスのディレクションもしているデザイン事務所GOODMORNINGに連絡。準備を一緒にした流れで当日もボランティアスタッフとして参加することに◎

(めがねフェス前後の出来事は内容が濃いので機会があれば紹介します)

フェスは地域の人や眼鏡関係者が沢山!ここぞとばかりに話しかけ祭半分、就活半分でイベントは無事終了。ネットの情報で知った気になっていた自分が恥ずかしかったです。現地に足を運んだことで、めがね作りや産地のことだけでなく今福井で活躍している人を知れたのは嬉しかった。約半年間、遠い兵庫からネットを通して知った情報を1としたら、現地での2日間で得た情報は100あったと思います。めがねの仕事についていろいろな人から話を聞くことが出来たし、その後僕の人生の恩人となる地元が自転車で行けるほど近い所出身のTSUGI 新山君との出会いがあった数日間でした。

(その他にもキーマンとなる人とたくさん出会いましたが泣く泣く割愛)

週末ごとに宿泊していたゲストハウスSAMMIE'Sやめがねフェスで出会った人たちと繋がったことで、あれよあれよという間にFBの友達が100人も増えていました。もちろん会って話をした人ばかり、1ヵ月ほどでほとんどの人と酒を酌み交わしたんじゃないかなと思います。移住する前から地元よりも知り合いが多い状態で、もはや福井が地元状態になっていました。

言葉は通じるしダメやったら地元に戻ろう、エイッヤー!
と、当時の生活から飛び出たことで大きく人生が変わり始めた。


奇跡のタイミングで谷口眼鏡へ入社

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福井に移住して半年ほどはめがね業界をお客様とする仕事をしていました。どうしても、めがねを作っている現場に近づきたかった僕はめがねフェスで知り合ったTSUGIの新山君に「めがねを作っていて、営業の経験を活かせる会社ないかな…?」と相談したのが奇跡の始まり…。

新山君の返答は「会わせたい人がいる」でした。


時を同じくして、現在僕の働いている谷口眼鏡の代表 谷口はオリジナルブランドの販路拡大やWEB・SNSの強化を考え、会社で初めて営業職を大々的に募集する計画を進めていました。そして、谷口も新山君に相談。

「面白い人がいるので、会ってみないですか?」


数日後、会社に伺いその場で面接
2016年6月、谷口眼鏡に入社しました。


と、めがねが好きで移住したという話を長々と書いたのにもかかわらず最後はあっさりと〆ますが、今めがねに囲まれて生活しています-◎-◎-
今後はものづくり側 / めがね業界の人として見たこと、感じたことを書いていきたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いします!


<出典>
めがねフェス
GOODMORNING
TSUGI
ゲストハウスSAMMIE'S
谷口眼鏡(TURNING)
クラフトサングラスtesio

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ありがとうございます!
眼鏡が好きすぎて、兵庫県→福井県に移住。眼鏡やサングラスフレームを作る工場で営業やサングラスブランドのディレクターをしています。眼鏡やサングラス、今思っていることなど気が向いた時に超個人的見解で記事にしていきます。