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【小説21】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜乖離〜

全話収録(フィクション)⤵️

前日譚•原案(ノンフィクション)⤵️


21.乖離

 麻子がお弁当を食べていると、看護師と半日勤務の職員も休憩に来た。
翌日に出勤する予定の職員も、溜まった介護記録を閲覧しに出社し、そのまま合流した。
567の所為で休憩場所が分断されているから、デイサービス職員しか入ってこない。
 「前田さんとゆっくりと話したかったんだけど、忙しそうで話しかけられなかったのよ」と3人が口を揃える。
 「職員の相談にのるのも私の仕事なんだから、遠慮しないで話しかけてね」
 「前田さんが毎朝早く来て夜遅くまで残ってるのを知ってるから、話しかけにくくて…」
部下達に遠慮させるなんてリーダー失格だ。
 喋る気満々の3人を前に、食べかけのお弁当箱の蓋を閉めマスクをする。
休憩にはならないが、貴重な機会を逃したくない。

 他のパート職員からも出ている意見だ、と前置きした上で話し始めた。
 半年前に総務から異動してきた正社員の岩山さんが、先輩パート職員達を下っ端扱いして我が者顔に振る舞っている。
介護職経験がないのに「パートさん達は…」と十把一絡げに見下すような発言をする。
気に入らないパート職員に対しては不満を言うのに、岩山さん自身は喋ってばかりで仕事をしない。
本人希望による異動と聞いているが、直ぐに「疲れた」「できない」「嫌です」と言う。
 「皆さん、お集まりで…」
管理者が缶コーヒーを買いに来た。
 「丁度良かったです。
私は休憩時間が終わったので業務に戻りますけれど、たまには職員達の生の声を聴いて下さい」「おう」

 休憩から戻った看護師が嬉しそうに報告してくれた。
岩山さんの個人名こそ出さなかったが、珍しく管理者に思いのたけを聴いてもらえたらしく満足そうだ。
 きっと近いうちに管理者から麻子に声がかかることだろう。
ひとまず、麻子を通さない生の声を管理者に伝えることができて良かったと思う。
 「よし、今日こそはスーパーが開いている時間に帰るぞ」

 刺身のパックに半額シールが貼られていたから今晩は海鮮丼に決定だ。
茶碗蒸しを作るのは面倒なので玉子豆腐を買った。
家にもずくがあるから胡瓜を添えて、汁物の具材は何にしようか。
 帰宅した麻子を待っていたのは、ダイニングテーブルの上のクリアファイル。
娘由美も長男修も次男進も未だ帰って来ていないのに?
不思議に思いながら、キッチンカウンターに買い物の荷物を置いて手を洗う。
 何々?「----------@--.--今後は上記アドレスにて話をしましょう」ですって‼︎
そして夫の署名•捺印済みの離婚届け。
不思議とショックはない。
それより留守中にこっそりと置いて行く夫が気持ちが悪い。
出張じゃなかったんだ、一体何処で何をしているのだろう?

 今後はメールでと書いてあるけれど、話しかけても返事をしない夫が、まめにメールのやり取りをするとは思えない。
離婚を決めた理由くらいは本人から直接訊いてみたい。
 負け惜しみでも何でもなく、離婚届を手にした麻子はほっとした。
義父に都合する為に内緒で融資を受けたり連帯保証人になった、家族の声に耳を傾けることなく自分の夢だけを追った、子ども達のお祝い金に手を付けた、由美に50万円借り返さなくても平気、生活費を入れない、家賃と電話料金の滞納、怒鳴るけれど喋らない、舌打ち、ため息、聞こえよがしの独り言…
この先も負債を負わない保証はない。
億万長者になる可能性もないではないけれど。
 麻子がコツコツと貯めた「つもり貯金」の存在には気づいていないらしい。
変に拗れて共有財産の半分を寄越せと言われては堪らない。
本当は慰謝料をもらいたいくらいだが、大人しく「つもり貯金」死守を選ぶことにする。

 離婚届の件を由美、修、進に伝えても「ふうん」と興味なさげだった。
夫と麻子は、離婚すれば赤の他人に戻るだけだ。
この子達の父親が夫である事実は、変わりようがないんだけど、果たして解っているのかな。
 夫の携帯に何度かかけたけれど、取らずに留守電に切り替わる。
 「離婚には反対ではないけれど、届けを出す前に直接話をする機会を作って下さい」とメッセージを残したが一向に連絡はない。
 予想通りだなと思いながら、麻子は意外なほど気にもせずに職場に向かう。

 「おい、どうするんだ。
このままだったらデイは崩壊するぞ。
放っといたらあの3人は辞めてしまうぞ。
辞められてもかまわないのか。
手を打たないで良いのか」
管理者の言う「このまま」も「あの3人」も「手を打つ」も意味が解らない。
 「自分(麻子のこと)、随分と不満を持たれているぞ。
言動と行動に気をつけろよ」
 仕事をしていても家に帰っても、管理者の言葉が頭から離れない。
お陰で離婚届のことなどすっかりと忘れていた。

 麻子のことを不満に思っている職員って誰だろう。
デイを辞めそうな3人って誰だろう。
3人、3人、3人…んっ?
もしかしたら先週休憩中に話した3人のことか。
 丁度あの日の看護師が出勤していたので、麻子への不満を吐露したのかとこっそり訊いてみた。 
 「もう何言ってるのよ、管理者は。
違うわよ、前田さんは何回も岩山さんと面談をしてくれているけれど、岩山さんが態度を変えようとしないから、管理者という立場を利用して指導してほしいって頼んだのよ。
岩山さんの個人名は出さなかったけれど、話の流れで解ってると思ってたのに。信じられない。
どうしたら前田さんに不満があるって聞こえるのかしら」

 解らなくもない。
管理者と岩山さんは、プライベートでは飲み仲間だ。
岩山さんが自分の都合の良いように、管理者に吹き込んでいるのが目に見えるようだ。
 そもそも管理者はオフィスで踏ん反り返っていて、デイには麻子に用があるとき以外顔を出さない。
職員同士の人間関係についても疎いから、岩山さんの言いなりでもおかしくない。

 うんざりして帰宅した麻子を待っていたのは又しても夫からのうんざりするメモだった。
 「離婚届が置いてませんでした。
郵便局に転送依頼済みですので、自宅宛てに郵送して下さい。
引き伸ばしはやめてスムーズに離婚しませんか」
引き伸ばす気なんて更々ない。
話し合いに応じてくれるだけで良い。
まさかとは思うけど、私のこと離婚を渋ってると思っているのかな?
(2,513文字)

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