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【小説6】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜流れ〜


全話収録⤵️

前日譚•原案(ノンフィクション)⤵️


6.流れ

 夫から経済的にも自立したくてアラフィフにして初めての就活を始めた麻子だったが、ハローワークで提案された「介護職」が向いているとは到底思えない。
やりたい仕事はないがやりたくないのが「清掃」と「介護」なのだ。
 動きを止めると投げ出してしまいそうで、二つの就労支援とパソコン講習には休まずに通い続けていた。

 「女性だけの為の就労相談?
どこでも同じじゃない…」
ハローワークが別の場所で女性に限定した支援をやっているらしい。
膠着状態だし一度だけ覗いてみようか、自転車で行ける距離だし。
 昼食後に出掛けてみると、オープンな受付兼相談スペース、何台かの求人検索機、そして個室がひとつ。
受付で用件を伝えると先ず聞き取り、そして
 「前田さん、夕方お時間ある?
今ね、個別相談の時間枠が一つだけ空いたの。
それだけ頑張っているんだから応援してあげたいと思ってね」と。
何でもベテラン女性相談員が家庭状況を加味して具体的に相談にのってくれるんだとか。
出直すのも面倒なので持参の本を読んでソファで待たせてもらうことにした。

 「初回の前田さんはいらっしゃいますか?」
予約していた人が内定をもらえたらしく、もう一枠キャンセルが出たのだ。
夕方まで待たなくて済む上に実際に内定をもらえた人が居ると聞くと期待が高まる。
 「初めまして相談員の絹田です」
麻子と母の間くらいの年齢か。
優しそうで温かそうで、でも賢そうで鋭そう。
 「次の予約があるからね」と絹田さんの話はスピーディーでポジティブだ。
殆ど専業主婦のような麻子を「主婦というのは立派なキャリア」「育児を経験しているのなら、右も左も判らない新卒社員より配慮ができる」「一流企業で新入社員研修を受けられたのはラッキーで誇れること」と言ってくれる。
新人研修なんて何十年も昔のことなのに…

 何故なんだろう、絹田さんと話していると物事が自然と前へ前へと進んで行くような気がする。
「書く」か「教える」か「相談に乗る」仕事をしたかっただなんて子育てをしているうちに自分でも忘れていた。
「手取りで20万円を目標にしようね」
「ルーティンワークよりステップアップできる仕事の方が向いているよ」と言われると俄然やる気が湧いてくる。
 後で判ったことだけど絹田さん自身、子どもを置いて身ひとつで家を出た経験があるらしい。
ご事情は知らないけれど、今は年下の彼氏さんと仲良く暮らしているとか。
「子どもを置いて」とは余程のことだったんだろう。
その経験があるからか、シングルマザーや麻子のような女性に対する支援が速くて具体的で的確なのだ。
 「介護職は嫌だなんてテレビのイメージだけで言ってない?現場を知ってる?
介護には書いたり教えたり相談にのる仕事もあるし、資格を取ってステップアップすることもできるのよ。
私も介護の資格を持っているの。
今の課題は、自己実現をすることではなくて生活をして行くことよ。
それには前田さんの強みである主婦力や育児力を活かさないと勿体ないわ」
 絹田さんから言われると介護職も悪くないような、上手く丸め込まれたような、でも決して嫌な気分ではなかった。

 市の広報誌に「介護職フェア」のチラシが挟まっていた。
絹田さんに会う前なら絶対にスルー。
夫は出張で帰って来ないし、由美と修は仕事、高校生の進も帰宅時に母が居なくても何ということはない。
履歴書持参なしでも平服でも構わないらしい。
社会勉強だと思って行ってみようか。
 初めてだったがニュースで見る「就活フェア」の介護版といったところか。
先ず分厚い資料を受け取り、市の担当者から「要介護人口の増加」「認知症の増加」「介護職の不足」「待遇改善」など大まかな話を聴く。
そして求人企業の担当者と個別に面談する。
興味がある企業なんてある訳ないが「知る為」と割り切って面談に並んだ。
 「はぁ〜やっぱりやりたい訳じゃないのよねえ…」
夕食はお惣菜で済まそう。

 今日はハローワークの男性担当者と久しぶりに会う。
絹田さんと話した内容やフェアに参加したことを報告すると驚くほど褒めてくれた。
元々、介護職推しだから仕方ない。
 「実は丁度今、締め切り前の職業訓練があってね、今日申し込んだらギリギリ間に合うかもしれない。
受講の申し込みだけでもしてみない?
面接があるから受講できるかどうかは判らないけれど」
資料には多種多様な講座が並んでいる。
 「僕のお勧めはこれ。
4ヶ月かかるけど修了すれば介護職員初任者研修とガイドヘルパーとメンタルヘルスの資格が取れるし求人の斡旋もある筈です。無料ですし」
 絹田さんも資格保持者だと言っていたし無料なら申し込んでみるか…
やっぱり丸め込まれてるな、グルか?

 就労支援センターの「3ヶ月で就職できました」というチラシを見た10月から始めた就活だが、何も決まらないまま12月になってしまった。
 職業訓練の面接には無事に合格し1月から講座が始まる。
1月には働いている筈だったのにな。
ハローワークに合格の報告に行くと「忙しくなる前に、見学でもボランティアでも構わないから介護施設を見ておく方が良い」とアドバイスを受けた。
訓練と現場とのギャップに驚く人が多いらしい。
幸いなことに、絹田さん以外の就労支援とパソコン教室は既に修了しているので時間だけはある。

 見学…ボランティア…
興味がなかっただけに介護施設の違いも解らないし何処にあるのか見当もつかない。
唯一バスの中から見えるあそこにしようか、どこでもいいんだしね。
 電話に出たのは小さな声の男性でボランティアは受けないと言う。
では、と切ろうとしたら見学はできるので履歴書をお持ち下さいと言う。
無資格であること、受講開始は1月で資格取得は4月末になるからと断ったが、それでも構わないと言う。
「介護職」に心を決めた訳でもないのに、見学という名の面接なのかも。

 見学に行くと小さな声の男性は施設長だった。
全フロアを見学後、応接室でコーディネーターという女性が同席して様々な質問をされた。
これってやっぱり面接試験?
電話応対を気に入られたのかよほど人手不足なのか「結果は年末までにお電話でお返事させていただきますので暫くお待ち下さい」と見送られた。
ここで働きたいなんて言ってないよね、私…
目には見えない流れに導かれ運ばれているような不思議な気持ちの麻子だった。
(2575文字)


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