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【小説20】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜斜陽〜


全話収録(フィクション)⤵️

前日譚•原案(ノンフィクション)⤵️


20.斜陽

 小山様のデイサービス利用は半年で中止となった。
担当ケアマネジャーが娘様から「亡くなった」と聞いただけで死因は仰らなかったらしい。
娘様からは一言の挨拶すらない。
 あのドタバタは一体何だったのだろう。
麻子ひとりに被せられた(と、麻子は思っている)罪は誰にも思い出されることなく、5年後には記録ごと処分されてしまうのだ。

 小山様の娘様が市に申し立てた麻子への苦情は、管理者へのヒヤリングと指導だけで事業所への処分はなかった。
麻子自身も始末書を書かされるでもなく、降格も減給もされなかった。
当たり前だ。
職員の要望を受け、施設長と管理者に相談した上での対応だ。
100%ウチが悪いだなんて、全くどの口が言っているのかと思っていた。

 小山様は退院された翌日からデイをご利用された。
娘様は室内外用にと2台の車椅子(電動アシスタントではない)をレンタルされているにも関わらず、デイ車椅子の使用を希望された。
 驚くことに小山様の送迎には、デイ職員に加え施設長か管理者が進んで行くようになった。
娘様に失礼がないようにだって、馬鹿みたい。
特別扱いをする意味が解らない。
思いを新たにしたのは、やっぱりこの職場は従業員を護ってはくれないのだという確信。

 小山様がデイを利用再開される少し前から、世間では567という感染症が蔓延していた。
幸いなことに、麻子の職場ではご利用者にも職員にも感染者は出ていない。
 一にも二にもマスク、手洗い、消毒、検温、人間じんかんの距離。
外回り営業の中止、契約以外の外出禁止、会議や研修はリモート、どこもかしこもパーテーション、コスト、コスト、コスト…
 入院や施設入所でデイ利用を中止されて人数が減ったとしても、限られた広さで人間じんかんを確保するためには、新規利用者を受け入れることができない。

 久しぶりに夫が帰って来た。
お帰りなさいと言っても、お疲れ様でしたと言っても返事はない。
声が聞こえたような気がして「何て言ったの?」と訊こうものなら「何でもない‼︎独り言‼︎」と怒鳴り返される。
また独り言かな、と返事をしないでいると「わざと無視した‼︎」と怒鳴られる。
 567で仕事が減って気が立っているのだろうか。
長女の由美、次男の進、麻子は正社員だから567でも収入は減らない。
長男の修はアルバイトとはいえスーパーの仕事は忙しいくらいだ。
どうせ直ぐに次の出張に行くだろうから、1〜2日の我慢だ。
 不機嫌を撒き散らすだけなら、もう帰って来てくれなくてもいいのにな。
どうして帰って来るんだろう?
居心地が悪いだろうにね。
かと言って麻子から別れ話をするには、今は時間と気持ちに余裕がなさ過ぎる。
不謹慎だとは思うけれど、す〜っと消えて居なくならないものかな。

 介護保険というのは3年に1度改正される。いや改悪と言うべきか。
大きな災害や567下では、それとは別に臨時的な事業所救済制度が突然作られては消えて行く。
その負担は利用料に加算され、加算する為には麻子の業務量が爆発的に増えるのだ。
 「利用者の数が減ってるのに、残業なんかしてる場合と違うだろう。
業務の効率化を考えたらどうだ」
帰って良いなら帰りたい。
管理者がシェアしてくれたら帰れるんだよ。
せめて算定方法だけでも覚えてほしい。
私が567にでも罹ったら一体どうするつもりなんだろう。

 同じ建物内の有料老人ホームでは通院以外の入居者の外出と家族の面会が制限されている。
もし567感染者が出れば職員が感染源ということになるため感染防止に必死だ。
 デイのご利用者は毎日ご自宅から通ってくる。
ご利用中はマスク、検温、手洗い、消毒に何度もご協力いただいているが、デイに来ていないときに誰と何処でどのように過ごしているかは全く判らない。
 とは言え有料老人ホーム職員からバイキン扱いされては堪らない。
麻子自身は有料老人ホームにも勤務経験があるので、ことさら敵対する気はないのだが。
 施設長は法人内での感染第一号になるのを避けるべく、有料とデイの職員を接触させないようスタッフオンリーのエリアを分断した。
それって意味があるのかな。
タイムカードは同じリーダーで打刻するのに。
同じ複合機でコピーもプリントもファックスもしているのに。
デイは職員までバイキン扱いか。

 「PCの前に座り込んでないで、営業に行ったらどうなの?
人数が減ってるんだろう?
あそこにだけは負けたくないんだ」
管理者が言う「あそこ」とは同法人内に7つあるデイの内の一つだ。
何かと競争意識を剥き出しにするが、立地が全く違う。
山間部で高齢世帯が多く、尚且つ競合する事業所がない。
営業をかけなくても、地域包括支援センターが利用者をどんどん送り込んでくれる。
 そんな事業所と比べられるのは敵わないし、PCの前に座り込まざるを得ないのは、介護保険の567加算の所為であって麻子が好んでやっている訳ではない。
管理者が自分で行けば?

 確かに利用者数は減っている。
本社表彰されたのが遥か遠く感じられる。
部屋の広さは変わらないのに利用者を増やしたら、隣席と間隔を空けられないではないか。
それに外回り営業の禁止は本社からの通達だ。
 もし麻子が外回りに出て、施設内の誰か1人でも発熱したら真っ先に疑われてしまう。
それは避けたい。
 非現実的なのは解っている。
施設長も管理者も職員も麻子も、皆んな施設の外から通っている。
自転車で一人営業に回るより、電車やバス通勤の方が遥かにリスクは高い筈だ。
それでも通達に従わなかったと槍玉に上がるのは目に見えている。
ここはその程度の職場だからね。

 思いがけず短いスパンで夫が帰宅した。
喋らないのは先日と同じ。
また直ぐにでも出かけるのか、ガサガサと荷造りをして玄関に向かう。
 追いかけて、行ってらっしゃいと言った麻子に聞こえた夫の小さな声。
 「……から」
聞き取れなくて聞き返す。
 「もう、帰らないから」
えっ、何て?どういうこと?
 「離婚するから。
今度、用紙を持って来るから書いて判子押して」ドアが閉まった。
 由美にも修にも進にも「見る目がない」「離婚しないの?」と以前から言われてはいた。
遂に私、離婚するのかな。
(2,512文字)


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