テンションが上がれば避妊はおざなり
先述したようにとても忙しい。6月など目も当てられないくらい忙しい。というか、もう1日休みですという日が2週間近く無い。今日も仕事をしていた。でも、筆者は出退勤には「休日」と書く。とてつもない大和魂の持ち主である。滅私奉公、粉骨砕身、ワーク・ライフ・バランス撃破。今の状態で就活生に「プライベートを充実させたいのですが」と相談されたら右の頬をひっぱたいてしまう自信がある。
ということで、筆者は専らnoteで他人の文章を読んでいる。時間がないので、noteを読んでいるのが唯一の息抜きである。こんなものが唯一の息抜きになっては人間おしまいである。筆者もラウンドワンに一日入り浸って、メダルゲームをやりたい。大きい魚を釣れば600枚手に入るのである。筆者はいつも大きい魚を釣るために1000枚分のメダルを使うのであった。当然、noteには面白いものもあれば、あまり面白くないものもある。筆者は恥ずかしながらお金を払っていないのに他人の文章を読みあさっている。文句を言える立場にないので、「面白かったな」「ん?あんまり分からないぞ」などと思いながら、ド深夜、会社の喫煙所でブルーライトを顔いっぱいに浴びているのだ。
そんな中、あるエントリーを読んだ。こちらだ。
友井さんは筆者がnoteを再開したときからフォローしてくれ、そして筆者がフォローしているフォロ友である。筆者は友井さんが好きである。友井さんの言葉には嘘がない。自分が思ったことを素直な言葉で話すので、スッと腹に落ちていく。その浸透圧たるや風呂上がりに飲むポカリスエットのようである。風呂上がりにのむポカリスエットはおいしい。筆者は牛乳よりもポカリスエット派である。
その友井さんが「出来ちゃった婚はよくない」と仰っている。冒頭からして痛烈である。
今は「授かり婚」とか「おめでた婚」とかいろいろな言葉が出てきて、そういう選択をした人、せざるをえなかった人たちへの配慮とか、対応とか、だんだん変わってきている部分もあると思うんですけど。
いつものポカリスエットは影を潜め、コーンポタージュのようである。あまりの濃さにむせかえりそうである。どうしたんだ、友井蒼子。
友井さんの主張はリンクから読んでもらえばいい。筆者、非常に納得である。筆者も出来ちゃった結婚には反対である。「周りが反対するから既成事実を作ろう」という人もいるかもしれないが、お腹の中の子どもには関係がない話である。当人同士が結婚したいのであれば、財務省官僚のように根回しを繰り返し、西武の元オーナーの堤氏のように手段を選ばず、周囲を説得するべきである。ビジネススキルも大いに向上するというものだ。
しかし、困ったことがある。筆者は「準できちゃった結婚」なのだ。というのも、拙著「私の妻は元風俗嬢」でも触れる予定だが、筆者と妻は結婚のあいさつをしたときに割りにスムースに話が進んだ。妻もヤンキーだし、筆者もギャンブル依存症なのでなかなか上手くいかないと思ったが、早く庇護を解きたい両家の思惑もあり、互いに「はいはいどうぞ。早く結婚してください」という具合だったのだ。筆者と妻はテンションが上がり、入籍を二人の記念日にしようと決めていたにもかかわらず、両家の許可が出た瞬間に一日だけ記念として避妊具を外したら、泣きバナナ(※愛娘。ストローでお茶を飲めるようになった)が爆誕した。夫婦2人で飲んだり遊んだりしようというもくろみはもろくも崩れ去り、妊娠のストレスで暴れ回る妻と金繰りに奔走する夫というとんでも生活がそこから始まったのだ。
しかも、こうなると「なんでお前が結婚なんてしたんだ」という質問に「できちゃったから」という最適解を与えてしまう。この世は悪意に満ちあふれている。SNSでは少しでも料理の粗を見つけようと写真に目をこらす主婦はいるし、職場では上司が帰るまでヤフーニュースを読みながら職場に居残りつづけて頑張っていますとアピールするサラリーマンだらけである。筆者も「どうせお前のことだから子どもができたから結婚したんだろう」と何度も聞かれた。筆者はその都度「準できちゃった婚」の説明をしなくてはならなかった。この世で最も避妊をしなかったことを他人に公言している人間の一人であろう。そして、そういう質問をしてくる輩に限って、説明を聞くと眉をひそめる。自ら聞いてきたのに、答えを聞いて眉をひそめるとは理解に苦しむ。筆者が避妊していなかった様子を想像していたのだろう。この世は変態ばかりである。
しかしながら、子どもはカワイイ。若い人ほどこういう素朴な感情を難しく捉えるが、カワイイ以外のものはそこにはない。その子がどんな経緯で生まれようとも、この世に生を受けたものはカワイイ。下の歯が2本だけ生えているのもいじらしい。サイゼリヤでプロレスラーの武藤敬司のように「うあー」と叫ぶところもキュートだ。そんな様子を見ていると、「できちゃった婚」であるかそうでないかなど、どうでもよくなる。誰でもその意見には異論はないようで、眉をひそめていた筆者の両親や妻の両親も今は泣きバナナをあやすと眉がハの字になっている。子どもの力は凄い。筆者が避妊をしなかった姿は記憶の遥か彼方に飛んで行ってしまったようだ。
ただ、一つ言えることは子どもはいつできるか分からないので、きちんと仕事をして貯金をしておいた方がよいということである。さもなくば、妻から延々となじられる。世の男たちは深く心に刻み込んで欲しい。そうすれば、あとは子どもがなんとかしてくれるから。
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