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背中



田舎の夜はどうにも恐ろしくて、私は部屋のカーテンを閉めた。

橙色の灯りは部屋の隅で申し訳なさそうに私を照らして、その光から逃れるように私は項垂れる。

今日も一日が変わる事はなく、「私」が誰かの中で変わる事もなく、ただいつも通りの絶望を胸に抱えきれずに、少しずつ帰路に落とし、またこの部屋に持ち帰った。

引きずり続けた過去が、机の上に溢れている。書き殴った文字達は幼子のように泣きじゃくり、私という存在を卑下した。

愛した筈の彼が言った言葉は、私を突き落とすには充分で、遠ざかって行く背中を追い掛ける事もできず、または引き止め、抱き締める事もできず、私はまた去って行くいつかの大切を見送るに過ぎない。

こうして握った掌から零れ落ちていく普遍的な幸福が、未だ私の元にも平等に降り注ぐ事も、私にとってはある種の不安材料でしかなく、いつもの通り抗うつ剤と睡眠薬をアルコールで流し込む事に落ち着く。

携帯に打ち込んだ言葉の数々は、誰に届く事も無く、鬱病の延長線上としか捉えられず、私はまた気狂いのような扱いを強制される他ないのだ。

何故だと問わないでくれ。

これが私が生きてきた人生であるが故に、私はこの他の道を知らないが故に、君の何故には応答する事は憚られるのだから。

君が私の不幸を知り得ないと同様に、私も君の幸福を知り得ない。
お互いのその摩擦さえ愛しいと思えたのならばそれは純粋無垢な生娘のように尊いものであると言えるのだろうが、私達にはそれは眩しすぎる。

一人称で語られたこの言葉の数々は惰性で生きているから、田舎の夜の闇に溶けてしまった幾千の輝きにもなれない。

徘徊し続ける居場所のない遣る瀬無い気持ちは、一体何処で、誰に愛され匿ってもらえるのだろう。本来皆優しさに満ち溢れているはずなのに、それに触れる事すら出来ないのは何故だろう。私が私である為に犠牲にした数々の序章達が、実る事もなく首を擡げ、地に堕ちゆくのは何故だろう。

部屋の隅の灯りが、もう終わりにしようと点滅した。

確かにそうねと、私は一つ息を吐く。


冷たい春の夜風が私を嗤う頃、どこかで踏切警報機の音が鳴る。

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