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Neon

普遍的な人間に成る為に、ただ、生きてきた。
溶けた脳に流れるは、“Fly Me to the Moon”。

今や、幼い頃のアタシが夢見ていた新世界は、
真黒な海の底に飲まれてしまって。
船乗り達は、ネオンを目指して、オールを漕ぐ。

「風が無いわね」

船着場の傍、賭博に興じる者達の、賑やかな声のこだます酒場を横目に、独り言。
老いた船頭の、無口な背。
ゆっくりと、油絵じみた景色を映した波を、人差し指の先で搔く。
口内にベタついたカクテルの後味は、唇の渇きも、愚かなアタシの穢れも、全部。忘れさせてくれる。

濁った空気の中に聞こえる喧騒と、波の音は、
やけに暖かった。
サテン地のドレスを、街の灯りが撫でていく。

数年前迄建ち並んでいた高層ビルも、今では、
この海の胎の底に死んでいる。
それでも人は、何も変わらない。
いや、前よりもずっと。
人間の汚さの露光、それ自体は上がったのかもしれないが。
目先の美しさや、快楽、権力を、怠惰にも得て、あゝ自分は大丈夫なんだと、安堵している姿は、変わらない。

……アタシだって、そう。

変わらない。
ずっと、もっと、穢れたままに。
生命を浪費している。

「行ってらっしゃい」

男はこの一言だけを、舟を降りたアタシに投げて、また遠くの岸辺で待つ『アタシ』を迎えに、遠ざかって行った。
振り返る事のないその背に、一度目をやって、
怪物達が口を開けて待つ、箱に向かう。

ーーーーー行ってらっしゃい。

帰ってくる場所など、今更、何処に在ろうか。
ただ、その一言に、思わず頷いてしまった。

……あゝ、悔しい。

悔しくて、哀しくて、堪らない。
アタシはまだ、『アタシ』に成れていない。

片道切符の石畳の道を歩いて、今夜もアタシは、『アタシ』に成る為に、ヒールを鳴らす。
靴擦れすらも、今は心地が良い。

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