記事一覧
どこへも行けない道を走る
ジムを辞めました。
ジム、です。そんなの絶対すぐやめるに決まってるだろ、と今は思うのですが、そのときの自分はやれると思っていた。
年末にやりきれなかった仕事を抱えたまま年を越してしまったことが原因。
年始に会った人間が複数人、ジムについての良い方の話をしていた。仲間とジムに行くようになって楽しい、リフレッシュになっている、筋トレによって生活に張り合いが出てきた、気分転換になって良いと思う、など
全てを間違ってきた気分
これまでの選択の全てを間違ってきた気分。
これまでの選択の全てを、間違えた方を選んできてしまった、という気分。
全ての選択のそうじゃない方、そっちじゃない方、間違えた方、を選んできてしまった。あーあ、自分だったらそっちは選ばないよ、間違えちゃったねと、言われている気分。全部の選択を、間違えた方を選んできてしまった、気分。
もう間違えるのが嫌すぎる。間違えた方を選ぶのが嫌すぎる。間違えたくなさすぎ
女の裸の像を作る人間のずるさ
最寄駅の前の広場に、女の裸の像がある。毎日私はその前を通る、今日もいつもどおりその前をただ歩いて通り過ぎる、通り過ぎたのだったが、ふと、その女の裸の像を何ともなしに見上げた。いつも目に入ってはいたが、今日はなんか、見た。見て、裸だなと思った。
女の裸の像は、ただ裸だった。本当に裸だった。本当に、何も一切まとっていない、本当に裸だった。本当に裸のその像を見て、ふと、なんだかものすごく、ずるさ、という
おのれの愚かさによって一段と遠いインド
さくらももこ『さるのこしかけ』を読んでから、私はインドにずっと行きたい。『さるのこしかけ』のインドの話を私は自分の家のあかない玄関のドアの前で読んだ。
鍵をどこかに忘れてきて、帰ってきたのに家の玄関をあけられなくて、管理会社に電話して、鍵あけ屋さんを待っている間に、読んだ。おもしろすぎて、鍵あけ屋さんが全然いつまでも来てくれなくて永遠に家に入れなくても全然平気なくらいおもしろかった。
善とか悪と
人が人のこと好きなことにどうしてとか無いよということをわかりたい
人が人のこと好きなことに、どうして、とかは無いということをわかりたい。
人が人のことを好きなことにどうしてとかは無い、ということをわかりたい。
好き、というのは状態であって、状態、というのは陥るもの、そうなっているもの、気づいたらそうなっているものであって、そうなっていることに対してきっかけはあっても理由は無い。ということをわかりたい。
やさしい人がいる。やさしい人が、どうしてやさしいのかを考