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「自分の人生がなかった期間」に、意味はあるのか?

「僕には、自分の人生がない期間がありました」

とあるドラマのセリフを聞いて、ふと「自分にもそんな期間があったな」と思った。

「自分の名前」がなかった

私の場合は、離婚に向けて別居中だった頃のこと。その状況では相手の姓を名乗らなければならなくて、これが本当に辛かった。

「自分の名前が自分のものじゃない」状態。仕事でもプライベートでも生まれたときの戸籍の姓(=川口)を名乗っていたし、自分もその姓名を自認していたけど、例えばポイントカードをつくるとき、ネットで何か登録をするとき、公的書類を手にするとき、そこに書いてある「(夫の姓での)自分の名前」を見ては、「これは本当の自分じゃない」と思ったし、その状態はゆるやかにアイデンティティを脅かし続けた。

別居したなら早く免許証やら何やらの登録先住所を変えなさいと促してくる母親に、「自分の名前を見るのが嫌なの!」と激怒して号泣したこともあった。(お母さん本当ごめん)

「免許証事件」で気づいたこと

免許証の話でいうと、また厄介なことがあった。

別居中に免許証の更新タイミングがきてしまい、結婚当時の名前で発行せねばならなくなったのだ。

夫の姓のまま新しく発行された免許証を見たとき、違和感しかなかった。

そこには「2024年まで有効」と書いてあって、この名前が表に大々的に書いてある免許証を、私はこの先5年も使わなければいけないんだと思うと、気持ちが沈んだ。

結婚などで姓を変えた人ならわかると思うが、免許証の更新タイミング以外で名前が変わると、新しい名前は「裏面」に記載される。

その後離婚が成立し、晴れて戸籍も自認も「自分の名前」に戻った今でも、2024年まで使うこの免許証においては、私の本当の名前は「裏面」に記載されている。

「選択肢があること」は、不利益をもたらすのか?

それが嫌なら別居じゃなくてすぐに離婚をすればよかっただろうという声もあるかもしれないが、そこは各人の事情がある。辛くても離婚できない人もいるし、ずっと別居せざるを得ない人もいる。

その他にも、結婚や離婚の改姓に伴うデメリットは、生活面に限らず仕事面でもたくさんある。

そして「名字くらいで……」と言う人は必ずいるし、私は再婚で事実婚を選択したのだが、その際にも同じようなことを何度も言われた。

でも、人が「自分らしさ」の基準をどこに置くかはそれぞれだし、その「選択肢があること」自体は、それほど大きな不利益をもたらさないはず。

それよりも自分らしくいられないことのストレスや、自分で自分のことに決定権がない状態、そこに象徴される「理不尽さ」のほうが、もっと大きな問題なのではないか。

そして「本質的に」視点が変わった

こうして、「自分の人生がなかった期間」、つまり自分のアイデンティティが(自分の意志によって)決められなかった/認められなかった経験は、本質的な意味で私の視点を変えた。

その人がその人らしく、いつでも何かしらの選択肢を持ち続けていられる状態をつくるには、どうしたらいいのか?

「離婚したいけれど、お金や環境の事情でできない」という友人は、本当に我慢し続けることが正解なのか? 

同性パートナーと生活する友人が、「結婚は諦めた」と言うのを無視できるのか?

周囲のあらゆる課題が、個人的なものではなく社会や構造としての大きな問題につながっていった。

そして、宣伝です。

「自分の人生がなかった期間」から得た気づきを、いかに仕事に活かしながら、社会や構造の課題を解決することにつなげられるか。

これまでも、本業だけでなく副業なども含め、ほそぼそかついろいろと発信をしてきました。

そしてこの度、ガチ本業であるNewsPicksで、企業のダイバーシティ戦略をテーマにした特集を始めました。

7社の企業が、動画や記事で自社のダイバーシティ戦略について語っています。


競争優位性を保つため、優秀な人材を確保するため、ミッション達成のため…などなど、各社がダイバーシティを推進する理由はさまざまありますが、共通する点として「社会の課題を解決することも視野に入れながら実践しようとしている」姿が浮かび上がってきます。


経済文脈でこうしたテーマを発信することは、本当に大事だと、改めて心の底から思っています。

自分のことを自分で決められる社会になるためには、身近な共同体である「会社」から変わっていくことも大きなアプローチになるからです。

こうした発信をきっかけに、「自分の人生がない」思いをする人が少しでも減るように。企業や社会が、あらゆる選択肢を提示する様子を、これからもともに発信していきたいと考えます。

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本企画実施にあたりいろいろと課題もありましたが、「社会を変えるためにもやらねば!」と背中を押し並走し続けてくれた、ジャーナリストの浜田敬子さんに心から感謝申し上げます。




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