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湯屋に詠う-銀座 金春湯-

たまにコワークスペースを訪れる。
在宅勤務が始まって早々に利用するようになった。

状況が悪化するにつれ需要が高まり、検索サイトに登録される店舗数も増え、利用料金は全体的に少し下がったようにも感じる。会社から経費が出ているわけでもないからありがたい。

銭湯へはコワークスペースを利用するようになって行く回数が増えた。ある程度、時間に融通が利くポジションにもなったが、考えることは年々増えていく。年を重ねたことが理由か、業務量が多いのかハッキリしないが、身体がリカバリーを求めていることを感じやすくなったからだ。

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銀座 金春湯

銀座の金春湯は新橋よりの銀座8丁目、金春通りにあり、周辺には飲食店や高級クラブが入るビルが並ぶ。初めて訪れたときは(こんなところに?)と思ったものだ。この街を訪れる多くの人々も、此処に古きよき、しかも番台タイプの銭湯があることを知らない人は少なくはないだろう。

ビルの奥まで入り番台で受付を済ませれば、高い天井と脱衣所の雰囲気に、多くの人がイメージしているであろう”昔ながらの銭湯”を十分に感じることが出来る。創業からはもう150年が過ぎているそうだが、年季の入った壁の神棚や天井の扇風機をみても丁寧な手入れを続け、清潔感を保ち営業されているのが伝わってくる。

中央区にある8つの銭湯のうち、サウナ施設のない浴場は3か所。金春湯もそのうちの1つ。浴槽は2つあって、片方にはジャグジー機能がある。

浴室に入るとコンパクトな空間に綺麗な白いタイルが貼られた壁面、そこに描かれたペンキ絵が絶景だ。何度来てもこのタイルに描かれた錦鯉や春秋花鳥に心奪われ、ずっと眺めていたくなる。タイル絵は勿論、絵画に関して明るい部分は持ち合わせていないのだが、素晴らしいものは実景に勝るとも劣らず心を豊かにさせてくれるものだと知った。

低めの椅子に、黄色い広告入りの桶。時折なるコーンという音も心地よい。浴槽に浸かり150年もの間、ここで同じような気持ちになった人がどれほどいるのだろうと想像すると感慨深い。

目を瞑り10分ちょっと失礼することにする。

千穂に詠う

妻の千穂とは結婚して18年になる。
前の勤め先で取引先の事務をしていた。見積書の依頼や在庫の確認などで電話は毎週のようにしていたが、実際に挨拶したのは随分あとだった。受話器越しに聴く彼女の声が妙に心地よく、せわしなく全国を駆け回っていた私を度々癒してくれていてのだが、次第に会話へ冗談を混ぜるようになり、1年ほど経った頃に何かしらの理由をつけプライベートの電話番号を教えた。2年ほど付き合い、お互い30代を目前にして結婚し、二人の子供を授かった。

最近はすっかり二人の会話は減った。
昨年高校に進学した長男と、今年高校進学を控えている長女、当然といえば当然なのかもしれないが私たちは彼ら二人の一大イベント突入に奮闘することが唯一の共同作業となっている。

別に仲が悪いわけでもない。ただお互いのことに興味を失い、向き合うことが少なくなったのだと思う。どこの家庭でも似たり寄ったりなのかもしれないが、あまり他人の家族と比べるのは得意じゃない。

先週、久しぶりに二人だけで食卓を囲んだとき、お互い随分年を取った気がした。二言三言の会話をしたあとは、料理の他にはテレビに目のやり場を求めていた部分があった。咀嚼しながらテレビに目をやる彼女の横顔に、かつて顎に描かれていたシャープなラインは消え、目元には幾つかのシミと皺が入っていた。

呆れるほど求め合い、「子供が大きくなっても年甲斐もなく子供の目を盗んでは求め合おう」なんて小恥ずかしいことを話したことがあったが、そんなことも随分していない。ただ出来ないかと聞かれれば少なくても私はそう思っている節はなく、彼女の艶やかな部分を感じれば十分に今でも興奮するように思う。していないので説得力はないのだが。

それにしても人間というのはそう簡単にいかないものだ。家のことは仕事と同じようにはいかない。自分で言うのもなんだが、ここ10年近く、ピープルマネージメントで社内では高い評価を受けてきた。とても神経を使う仕事だが、30人近い部下と向き合い、話し合うことはチームの円滑な業務に寄与していると信じているし、彼らがキャリアパスを描いていく中で少しでも手助けが出来れば嬉しい。部下の中には十分過ぎるほどに慕ってくれている連中もいる。

部下と接するときは、どんなことでも目を反らさないことを大事にしている。正直、面倒で知らぬふりをしたいことや、一喝して終わらせたいこともないわけではないが、結果それをしないほうが、よりよい結果を生むことができることを知ってからは特に意識して目を反らさないようにしている。

千穂にだって同じようにしなきゃいけない。千穂も人だ。一番小さく密接な組織で妻や母を担ってくれているが、それ以前に千穂で人だ。私が彼女の管理者では当然ないが、私の人生のなかで最も目を反らしてはいけない人が彼女なのは確かだ。日々の生活のなかで、より彼女が笑う機会を増やすためには、私と彼女の時間も当然その機会を増やす必要がある。PDCAを回そう。あれがだめならこれ・・・これがだめならあれ・・・幸いまだ時間は十分にあるはずだ。

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浴槽を出てカランから水を出し、桃鉄の広告が入った桶で頭からかぶった。

番台のおばちゃんにお礼を言って外へ出ると、日も暮れ寒さが増している。どこかの喫茶店で暖を取りながら30分ほどお店を探そう。彼女の好きなモンブラン、この街ならどこかに高く評価されているお店があるはずだ。

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