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【物語:自由詩シリーズ】第5話 深く甘く霧の朝

窓の外には立ち込める霧。
朝露に濡れて光輝く丘陵も
ほころび始めたヒースの紫も見えない。
遠く草を食む羊たちは
もちろん白に溶け込んだ。

記憶が揺らめき、
思わず大きな息がこぼれる。
どうしたの? 
いつの間にか隣に来ていた兄がそっと囁いた。
力なく首を振る。
夢を見たわ、何度も何度も。
真っ白で一人ぼっちで、
迷って迷って帰れない夢。
兄がそっと私を引き寄せる。
僕もだよ、
呼んでも呼んでもおまえが答えなかった。

ほら。
兄が上着を肌蹴て私を包み込む。
こうすれば大丈夫。
怖くない、一人じゃない、迷わない。
遠い日、
霧の中でうずくまっていた私にしてくれたこと。

子ども扱いしないで。
嬉しいくせに拗ねてみせる。
兄のために大人になりたかったから。
違うよ、今も昔も、おまえが大事なだけだ。
兄がすっぽりと私を抱きしめる。
もう二度と、そんな夢は見ないから。

私よりもずっと熱い体。
大好きな香りが強くなる。
世界がさらに冷たく白くその密度を増しても、
もう離れることはないのだという喜びが
それ以上に深く甘く私たちを満たした。

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