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石塀から呼ぶものの怪


以前も書いたが、かつて何回か不思議なものを見たことがある。
本当に見たのかと問われると証明は出来ないが、それは確かにわたしの中に鮮明な記憶として残っている。

今日はそのわたしの記憶の中のひとつについて書こうと思う。



あれは忘れもしない、わたしが小学一年生の頃の話だ。

その日はわたしが小学校に上がってから初めての保護者会だった。
ねこの家はわたしが長子の為、出席する母も【小学校の保護者会】は初めてだった。

ところで、わたしの通っていた小学校は少し遠いところにある。
電車を乗り継ぎ、約1時間ほど満員電車に揺られ、降りてからはバスに揺られ。そうして辿り着く学校だった。

そんな少し距離のある学校での保護者会。夕方に解散するとしても、参加者の母が帰って来るのは遅くなってしまう。
初めてのイベントの上、往復で2時間も電車に揺られた母はきっとへとへとに違いないと心配したのだろう。父が「乗り継ぎ駅まで迎えに行く」と準備を始めた。わたしは当然のように父の運転する車の後部座席に収まり、父と一緒に母を迎えに向かった。

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「まだこないねえ。」

車の後部座席のウィンドウにべったり張り付き、わたしは外を眺めながら声を出した。
当時は携帯電話など無い為、母は電車に乗る前に駅の公衆電話から到着時刻を知らせる電話をねこの家に掛けてくれていた。

「もう少しだと思うよ。」

父はわたしに答え、ハンドルを切る。
迎えに行った先の駅には当時ロータリーが無かった。車を駐めておける場所がなかった為、近くのチェーン店の周りの小道を延々と車で周り続けることになったのだ。
ウィンドウに張り付き続け外を眺める。巡って来るのは同じ風景だ。外は夕方から段々と暗くなって来る時分だった。
あまり人通りもなく、風景にも変わりはないはずだった。
ちらりと視界の端で何かが動いた。わたしはそちらに目を向ける。
チェーン店の隣には家があり、我々が周回する道路とその家を石塀が隔てていた。その石塀の前を通ったとき、石塀の上に何かがヒラヒラと飛び出したのだ。

手首だった。人間の。

手首は石塀の上からヒラヒラとこちらに手を振っている。車の中からぼーっと外を見ているわたしに気付いた誰かが手を振ってくれてるんだな、と思った。
注視する間もなく、わたしの乗る車は石塀の前を通り過ぎてしまう。
次の周回時も手は現れた。ぴょこんと飛び出し、こちらにひらひらブンブンと手を振る。わたしの乗る車が通り過ぎる。

それが延々と続いた。

幼いわたしは静かにそれを眺め続け、「誰が手を振ってくれているのだろう」と疑問に思った。
くだんの家の石塀はコの字型に配置されている。道路側に辺の無い部分が面しており、チェーン店側の辺が少し短くなっている為、道路から小道に入るのに曲がる瞬間に石塀の中が見えるようになっている。手首はその辺の短い石塀の真ん前に到達した時に現れるのだ。
次は石塀の中を見るぞ、と決めたわたしはじいっと外を見詰める。
そして、周回する車が石塀の中を覗ける位置に差し掛かる。

「…?」

ところがそこには何も無かった。
誰もいなかったし、誰かが隠れられそうな茂みも植木も無かった。
もう帰っちゃったのかな、と思ってウィンドウから目を逸らそうとする。車が石塀の前に差し掛かる。

びょこっ
ブンブンブン

手首はやはり石塀の上から現れた。そしてわたしに手を振る。
やっぱり誰か居た? しかし隠れるところも何も無かった。幼いながら疑問が浮かぶ。
しかし、何度見ても誰も居ないし、隠れるところもない。石塀の中を覗ける位置を通り過ぎた数秒後には手首の現れる地点に到達するのに、一体かの手首の持ち主は何処に居るのだろうか。疑問符が頭の中を埋め尽くす。
なんとなく父には言ってはいけない気がして、わたしはその後も母が合流するまでずっと無言でびょっと現れる正体不明の手首がわたしに手を振るのを見つめ続けた。



結局それ以降、その石塀の前の小道を通る機会が無かった為、未だに手首の正体はわかっていない。

そのチェーン店も小道もくだんの家も石塀も変わらず存在する。
最近、愛車を運転しながらその家の前を通り掛かったときに気付いたことがある。

コの字型の石塀の辺の無い部分が塞がれていた。

素材は石とかではなく、よく工事現場で見るような背の高い金属板を連結したようなものだった。鈍く光る銀色が敷地内を覗くことを阻んでいる。
その仕切りは一体いつから置かれているのか、わたしは知らない。
ただ、金属の板の一部分だけが激しく赤く錆びていた。それもよくある風景の一部で、何の不思議もないものの筈だ。


だから、きっと気の所為だ。

その形が、なんとなく手を振る何かの輪郭を横から捉えた姿に見えることも。
その赤錆の延長線上が、ちょうどあの頃あの手首が覗いた石壁の真ん前にぶち当たるのも。

不思議なものを見たが故に気になるだけで、きっと全部わたしの気の所為なのだ─。

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