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【部下を推す話】[34] 評価シートの話

春を過ぎ、初夏になった。
気付けば緑が眩い季節になっている。暑かったり寒かったりと気温が安定しないが、空は高い。夏もきっとすぐそこだ。

そんな最中、わたしは例によって唸っていた。
毎度お馴染み、半期評価の季節である。

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実はこの春と冬の境目くらいにBちゃんが異動してしまった。
明るい彼女が居ないオフィスは若干の精細を欠いているように感じられる。しかし、偶に連絡を取れば元気そうで、わたしは寂しいながらもほっとしている。Bちゃんが元気ならそれで良い。

そんな訳で、わたしが今回評価を行うのはAとCの2名だ。
前回の評価項目から多少変更のある項目もあるが、わたしがやることは変わらない。

①. 各職員の評価の数値化
②. 各職員への評価コメントの記載

そして、

③. コメントが所定の枠内に入りきらないことを管理部門に報告し、コメントの別紙添付の許可を得ること

である。
②も大事だが、③も重要だ。どれだけ評価コメントを書いても、管理部門から「削れ」と言われたら終わりなのだ。

─まぁ、弊社の管理部門にはそんな惨いことを仰る方は居ないのだが。

どれだけ長く書いても「いいよ!」と言ってくれる弊社の管理部門の心の広さたるや。わたしが生きてるのは、部下や同僚をはじめとした周囲に助けられてるからだなぁと心から思う。

………
……………………


─しかし、とは言ってもだな?

毎回フォントサイズ10.5でA4サイズを1枚みちみちに埋めるのはどうなのだろうか。
なんなら、前回と同じ余白設定だと1枚に入りきらなかった為、今回は少しだけ両端の白の面積を狭くしている。
同フロア別職種の同僚には「よく毎回そんなに書けますね」と言われるが、可愛い部下たちの成績も成長も改善点も彼等自身が自覚する弱点へのアドバイスも全部ぶち込んだ結果があの『ファンレター』なのだ。直上のわたしが書かなければ、誰が会社の上層部や本人たちにそれを伝えると言うのか。

─それでも、これ以上増やすのはまずいな。

流石のわたしもそう思った。


因みに以前も書いたかも知れないが、コメントが手紙ばりに長いからと言ってわたしの評価が甘過ぎる訳ではない。数字の評価は淡々と正当に付けているつもりだ。コメントからはねこのが部下たちを全力で可愛がってるのが伝わるのに数字面は冷静な為、管理部門や他の管理職からは意外そうな顔をされる。
甘過ぎる訳でも辛過ぎる訳でもない…筈、なのだが。わたしによる部下たちへの溺愛っぷりを知る人からすれば、ギャップに感じるのかも知れない。




数日後。
無事に評価シートを提出し終えたわたしは意気揚々としていた。今回もやはりコメントの別紙添付権を獲得出来たので、一安心である。


そんなわたしに、PCが一通のメールの着信を告げた。開けてみると、次回の評価シートが添付されている。何気なく目を通し、

「んふっ!」

…思わず変な声が出てしまった。それを聞いたAが怪訝そうに振り返る。

「あのね。次の評価シート。見て、これ。」

打ち出した書類をAに渡す。

「若干、形式変わりましたね。」
「うん。特にね。裏面。」

見て、と手元の書類を引っ繰り返す様に促してみせる。

そこには、A4の上半分を枠として区切られた評価者コメント欄があった。
以前の評価者コメント欄の約3倍の面積である。
尚、枠で区切られたその下に他の項目は無い。白紙である。枠内に入りきらなくてもガンガン書ける。つまり、裏面一面が評価者コメント欄ということだ。

─まさかとは思うけど。

わたしの所為せいか?という思いが一瞬脳裏をぎる。
毎回「手書きだと書き切れない」と訴えワード書類を添付するわたしへの何かのメッセージだろうか。「枠は追加した。書き切れないとは言わせない。これで書けるだろ」とそういうことなのだろうか。

─…いやいやいやいや!

わたしだけの所為じゃ無い筈。きっと他部署にも居たのだ、わたしのようにたくさんコメントを書く管理職が。
複数人居たから、こんな風に枠が増量されたのだ。きっと。

しかし、そう思った途端。

──「ええー、わたしのところの上司、そんなにコメント書いてくれないよー!」
──「いっつも一言だよねえ!!」

過去になされた別フロアの他部署のお姉様方との会話がフラッシュバックした。

コメント欄増量はわたしにとっては朗報だが、コメントをそんなに書かないタイプの管理職からすれば「何ッでだよ!」と言いたくなるしらせだろう。

背中をつうっと汗が伝う。
いや、確かにわたしもコメント欄増量の理由の一端ではあるだろう。しかし、飽くまで一端であって全部ではない筈。─…せめて、0.5割…いやあっても1割くらいであって欲しい。

いや! きっと、枠が狭くて入り切らない、もっと書きたいと訴えた人が居たに違いない。《コメント欄足りない勢》がねこの以外にも居る筈だ。もしくは、会社がコメントをもっと書くことを推奨しているのだろう。そうに違いない。

わたしはそう信じる他なかった。

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「毎回、評価者コメントってどれくらい書いてます?」

後日、わたしの元に書類を持ってきた別部署の職員に話を聞いてみた。偶に会えばそこそこ親しく話をする彼女も評価者の立場だ。尚、以前話したお姉様方とは別部署である。

「わたしは2〜3行くらいですねえ。枠の半分くらい。わたしは評価者コメント書く立場でもあり、書かれる立場でもあるけど、直上からもそんなにたくさんは書いて貰ったことないですよう。」

脳内のわたしがきゅっと眉を八の字に寄せる。

「ていうか、今回のコメント欄、何であんなに増えたのでしょう?」

と小首を傾げる彼女に、「0.5割どころか、1割くらいわたしの所為かも知れない」と懺悔することになってしまった。

………
……………………

「ええー、いいなぁ。わたしもたくさんコメント書いて欲しいー!」

あんなに頑張ってるのに一言しか無いって遣る瀬無い!と言う彼女が「普段頑張ってるのを見てくれてるのがわかるし、自分で評価シートで書いた『弱点』に対する具体的なアドバイスも書いてるんでしょう? いいなぁ」と全肯定してくれた為、想定外にわたしの自己肯定感が爆上がりすることになった。─わたしの周り、良い人多いな。なんでみんなそんなに良い人なの…。
わたしも見習わねばならない。


わたしは彼女と話した結果、開き直ることにした。

─今回枠が増えたということは、管理部門的には『コメント多め』を推奨なのだろう。

と。




尚。この時のわたしはまだ知らない。
その後もう一度、わたしは思い出すことになることを。

かつて、管理部のお兄さんはこう言った。
何回目かの別紙添付の許可を請うわたしに。
確かに、こう言ったのだ。

「いやぁ。毎回こんなにたくさんコメント書いてくるの、ねこのさん以外に居ないよー! 今回も楽しみにしてます!」

─うむ。

やっぱり、5割くらい、わたしの所為かも知れない。

─コメント欄面積増量の理由については突き詰めないでおこう。

わたしは次回の評価者面談でもそこには触れずにおくことをそっと心に誓った。

例え、増量がわたしの所為でも仕方がない。
だって、わたしの部下たちはみんな可愛い。彼等を溺愛するわたしが、彼等へのコメントを減らせる訳がないのだから。

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