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異質なものをつなぐ人たち

対立する感情や価値観に接点を見い出し、異質なものをつなごうとする人たちについてのメモ。2020年の実践に向けて、このメモを2019年に残しておく。

一生懸命なのに理解されない悩み

「一生懸命やっているのになぜ理解されないんだろう」と真剣に思い悩んだ時期がある。同僚はサボっても人望を集められるのにと。
その答えのようなものが、リスクコミュニケーションについて調べているとタナボタ的にやってきた。

人が信頼を得るには “能力”と”人柄”の良さが重要だ、という考え方が従来の社会心理学では一般的だった。しかし “能力”と”人柄”にはこじれた信頼関係を回復できるほどの力はないという。能力と人柄の良さが信頼に結びつかないのは、根っ子で価値の共有をする「主要価値類似性モデル」が欠けているからだという話をこの2冊に教えてもらった。

著者は社会心理学者の中谷内一也さん。講談社現代新書のほうは「シンジくん」と「ナカヤチさん」の会話形式で記述された2015年の出版。ちくま新書のほうは少し学術書的で2008年の出版。
後者は重版未定なのかもしれないけれど、あわせて読むと単なる人間関係の話ではなく、さまざまな社会的リスクに対応する話として捉えられる。

「主要価値類似性モデル」を私なりに理解すると、会社でギクシャクしているAさんとBさんを信頼し合う関係へと変化させるには、AとBの間で「価値の共有」をしなければならない、ということだ。

たとえば、Aは仕事の質より効率の良さが会社のためだと思っている。Bは仕事の効率より質の良さが会社のためだと思っている。AとBどちらの価値観がふさわしいかは、仕事の目的や内容によって変わってくる。
でもAとBが同じチームで、どちらも「会社のため」と思って一生懸命働いたら、AががんばるほどBが大切にしている質は軽んじられ、BががんばるほどAが大切にしている効率は軽んじられる。
つまりAもBも一生懸命働くほど敵対しやすく、むしろサボっているほうがお互いに好感が持てるという構図があるのだ。

だから「一生懸命やっても理解されない」のは当たり前で、その不遇さは自分だけでなく相手にもそっくり当てはまる

この状況を解決するには「価値の共有」を目指さなければならない。けれどその人にとって最も上位の価値観(イデオロギーとか仕事観とか家族観とか)は変え難いので、どうしても価値を共有できないケースが出てくるのもまた事実。

はっきり言って、もし共通する価値を見出せなければ、信頼を改善するのはきわめて難しいと思います。
--- 『信頼学の教室(著者:中谷内 一也)』より---

いざとなったら、勇気を出してその場から撤退するのも悪くはない。すべての人と接続しなければいけない道理はないのだから。

研究者が書いた本や、学術書の良いところは、こんなふうに目先の問題の背景にある大きな概念や原理原則に気づかせてくれること。
大きな概念がわからないまま、小手先の技術に使われないように注意したい。

複雑で美味しい名前のつけられないスープ

前のnoteでも書評したけれど、赤ペンを引きまくった本だから感想がなかなか尽きない。
この本には、異なる価値観が対立してしまうときに「批評性」こそが双方の接点をみつけるきっかけとなり、双方によい変化をもたらせる主張を組み立てる手段になると教わった。

いい批評を書くためには、観察が重要だと繰り返し書かれている。観察しなければ、多様な価値の存在に気づけない。観察しなければ、借り物ではない自分の言葉を育てることはできない。観察しなければ、自分と異なる誰かの立場や価値観を理解することはできないと。

ある事象に対する意見構築には、理論上、それがどのような対象への言説にせよ、別の視野、逆の視座、異なる視点が存在します。文章を書く上ではとても大切な部分ですから、常に意識の片隅に置くようにしておきましょう。
--- 『書くための勇気(著者:川崎昌平)』 207ページより---

とりわけ相手の立場になってみる、相手になりきって考えてみることは観察のよい訓練になるという。
川崎さんは「難しい問題だよね」と言う代わりに、問題をよく観察し、さまざまな価値から接点を集めて複雑で美味しい名前のつかないスープをつくる実践者だ。それは優しいスープだ。そのスープの出汁は「批評性」なのだ。

わたしもそんなスープをいつか作りたくて新刊も購入済み。

友人との理想の飲み会も観察から

家族と、同僚と、友人と。
誰と対話をするにしても失敗体験が数え切れないほどあるから、成功するイメージが持てない。対話が怖くなっている。
せめて友人との飲み会くらい気楽にやりたかったけど、いい飲み会を実現するのは結構難しい。

以前、忘年会の幹事になって、カラオケ店の入り口でメンバーを待っていたとき、待ち合わせ時間ぴったりになっても誰1人来なかった経験をした(みんな15分以上遅刻してきた)。まぁ自分が一番やりたくて企画したカラオケ大会だったから、みんなと「価値の共有」ができていなかったんだなと今は反省している。ただそれからますます飲み会コンプレックスになってしまった。
近年は「リアルがダメならバーチャルで楽しめばいいさ。理想の飲み会をブログに書き綴ろう。誰ともろくに対話ができないわたしには、エアー飲み会がお似合いだよ。」と覚悟を募らせていた。

そんなとき目に飛び込んできたのが、ワークショップデザイナー臼井隆志さんのnote。
そこにはまさに理想の飲み会のやり方が書いてあった。

バーチャル飲み会へ移行寸前のタイミングで、もう一度リアルに対話に取り組んでみようかな、と思わせてくれたnote。

ここに書かれている対話手法は仮に「三位一体対話モデル」と名付けられ、後日「3ピースダイアローグ」として改めて発表されている。

「3ピースダイアローグ」は、3人いれば実現できる対話形式。これを友達との飲み会やお茶の時間に試してみたい人は、たくさんいるんじゃないかな。まぁ今のわたしには、付き合ってくれる友達を2人数えることさえできないけど。

これまで、対話の言葉をまったく育ててこなかったわたしは、家庭で、学校で、職場で、飲み会で、話の腰を折って対話の場を壊してきた。悪気のないワークショップデストロイヤーでもあった。
だからめちゃくちゃハードルが高いことことはわかっているけど、「3ピースダイアローグ」をみたとき、なんだかこう “対話” が楽しそうに見えたんだ。

まだ諦められない。対話にふさわしい言葉を育てるにはどうすればいいだろうかと、1つ目のnoteで紹介されていたこの本も読んでみた。

とてもいい感じのイラストもかわいい読みやすい本。しかし「これを実践するのは難しそう! そういう対話ができる場所もない。」と思ってしまう。だから余計に「3ピースダイアローグ」は実現可能性を大切に考えて練られて開発された手法、という感じがする。

とはいえ、対話の場にすすみ出る前にわたしにはやることがある。
デストロイヤーから脱却するための一歩である “観察” の訓練だ。
でもどうやって……?
そんなことを考えていたら、またもや臼井さんのnoteに飲み会と絡めた観察の練習方法が書かかれていた。

できるかどうか自信はないけれど。
みんなと忘年会をやって、いつの日か、そこにデストロイヤーとしてではなく思いやりのあるメンバーとして参加できるように。
インタビューがうまくなるように。
批評性のある文章を書くために。
モノローグとダイアローグのどちらも等しく大切にできるように。

その礎として、2020年はいろいろなかたちで “観察” に取り組みたいと思います。

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