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『小説8050』 林真理子

息をつかせぬ展開。
細やかな心理描写。
そして鋭くリアルな問題提起。
集中力を途切れさせないまま一気に読ませる力作である。
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歯科医師の正樹には、中学生の時に登校拒否になったまま、7年間自宅に引きこもっている息子がいる。
このまま自分達が老いて死んだら、息子はその先どうなるのか心配だ。
また、長女が結婚しようとしている、その前に引きこもりの弟をなんとかして、と迫ってもくる。
正樹は、一念発起して息子を引きこもり状態から引っ張り出そうとする。
そんな正樹を、妻はなじる。あなたはいつもなんでも自分で決める。息子の心を見ようともしないで。あなたの傲慢さが息子を追いつめたのよ。

歯医者はこれから衰退するのだから目指すなら医者だ。能力があるのだから頑張って中学受験をして良いコースに乗れ。
そうやって息子を塾に通わせ私立中学に入れた正樹の考え方を、親のエゴと言うのならばそのとおりである。
しかし、親のエゴというものは特殊な親しか持たないものなのだろうか。

「説教をしたとは思わないし、人生訓を垂れたつもりもない。が、ことあるごとに、生きるうえで大切なことを語るのは、父親の大切な仕事だと思っていた。
『お父さんは翔太にお医者さんになってもらいたい。これはお父さんの望みだ。もちろん翔太は、途中で別の道に進んでもいい。だけど、いろんな可能性を増やしていくのはいいことだ。勉強しないっていうことは、可能性をどんどん小さくしていくことなんだろうな』」

視野の狭さはあったとしても、正樹は決して、子供を親の道具としか考えないエゴの塊だったわけではない。
子供の気持ちが上手に理解できず、不器用で、親としての想いが暴走してしまうことも時にある、どこにでもいる一生懸命な親なのである。
彼が息子に対して取った態度、かけた言葉に、子育てをした親であれば、心当たりもあるのではないだろうか。

親として、子供に期待してしまうのは当然といえば当然である。その期待が親の独りよがりとなっていないか、子供の心を置き去りにしたり、踏みにじったりしていないか。
子供への想いが前のめりになるほど、親自身はそこへの感度が麻痺していく。

それでも、もがきながらでも大丈夫。
間違っても軌道修正はできる。
親も子供も、人生は続くのだから。
この小説は、全ての一生懸命な親たちに温かいエールを送っている。


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