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ハントマン・ヴァーサス・マンハント

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逆噴射小説大賞に応募にしたパルプ小説と、その続きを思いつくまま書き殴っています。ヘッダー画像もそのうち自前で何とかしたいのですが予定は未定のままであります。
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ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第153わ「四騎士の❝ゲーム❞」

(承前) 吸血鬼の貴族が人間の遊戯にどれだけ精通しているものだろうか。ここは人類の研究によって確立された定跡を信じて序盤を切り抜けるしかあるまい。何より今の俺には悩む時間も許されないのだから。キング側のナイトを中央に向けて前進させる。前進した敵のポーンを狙う一手。しかし……。 「センター(中央)は譲れません。私もナイトを前進させましょうか」 クイーン側のナイトが前線に躍り出る。敵のナイトに狙われたポーンを自分のナイトで守る一手だ。俺もポーンを守るべくクイーン側のナイトを

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第152わ「いざ、電撃戦(ブリッツ)」

(承前) 二匹の人間狩りが俺を見下ろして微笑んでいる。心の底から、楽しくて楽しくて仕方がないとでも言いたげに。降り注ぐ灰は止むことを知らない。 「その灰、あまり吸い込まない方が身の為ですよ」 言われるまでもない。怒りで恐怖をねじ伏せるように絶叫する。『キングの前のポーンを二つ前に!』 「はい。基本に忠実、ダンナらしい一手です。では私は……そうですね……」 吸血女の手番になるや否や、灰の滝が一時的に収まった。人間狩りの双眸には紫の炎が迸る。さっきまでの笑顔は消え失せ、

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第151わ「死神の❝ゲーム❞」

(承前) 思えば遠くへ来たものだ。一年前の自分に「お前は吸血鬼とチェスをする運命にある」なんて言ったら信じてもらえるだろうか?きっと答えは❝否❞だ。 「最初の一手は?」 俺は「E4」とだけ言い放つ。キングの前に置かれたポーンを二歩前進させる手だ。果たして相手は、どう出るか。 「……いーふぉー?何ですか、ソレ」 衝撃。チェスそのものが児戯と見なされる吸血鬼の社会には記譜法というものが存在しないということなのか。よくよくチェス盤に目を凝らす。確かにAからHのファイル名も

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第150わ「連帯と倦怠」

(承前) ……視界の共有。現在、俺の視界は吸血女に筒抜けになっている。それさえ無ければ隙を見て妹との連絡を試みているのだが。 「私の視界を、そのままダンナの視界にしてあげるということです」 吸血女が指を鳴らすと生暖かい頭痛が広がっていく。危険な何かが脳に浸透しつつある。怯える暇もあらばこそ、視界に砂嵐が吹き荒れた。何が起きた?俺は棺桶に押し込められた俺の姿を見ている。そのイメージは古い新聞の写真のように不鮮明なモノクロームだ。 「今だけ特別ですよ。それ以上は解像度を高

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第149わ「続・雪花石膏のゲーム」

(承前) 「……そうでしたか。ダンナは盤面を見ないとチェスが出来ない人でしたか。文字通りに身動きもとれない状態で提案するぐらいですから、てっきり目隠しチェスにも堪能しているものかとばかり……」 無茶を言うな、と言いかけて思いとどまった。そういう芸当が可能な人間が親族にいるのを思い出したからだ。……我が祖父。関連する記憶が連鎖して甦る。俺がチェスを知った契機は幼少期に母親の実家で年代物の、それも石製のチェスセットを発見したことにあった。競技用の樹脂製ではない、一般的な木製の

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第148わ「雪花石膏のゲーム」

(承前) 吸血女の六本腕は、俺が思うよりも早く静かで、そして正確だった。盤上に駒が正しく並べられるまでの所要時間は一秒にも満たなかったからだ。 「何です、じっと見つめて。今更、私の腕が増えたぐらいで驚くことは無いでしょう?」 率直に言って驚いた。敵対者を縊る、抉る、引き千切るだけの腕だとばかり思っていたが、それに関しては俺の早計だったと認めるしかない。その高みに至るまで、何れ程の研鑽を積み重ね、何れ程の死線を掻い潜り、あるいは、何れ程の量の血を啜ったのか。 「ささ、言

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第147わ「徹底抗戦」

(承前) 時間逼迫、チェックメイト。……答えは既にそこにあった。チェスだ。思考力、視界、塞がれていない口、それから相手の協力さえあれば手足が不自由だろうともチェスは出来る。囲碁や将棋も悪くはないが、吸血鬼の貴族に「ルールが分からないので却下です」と言われるリスクは無視できない。 「へ?……チェスですか?私と、ダンナで?」 意表を突かれたという感じの吸血女の表情と声。チェス盤と駒ぐらいなら用意できるだろうに。それとも悠久の時を過ごす吸血鬼はチェスにさえ飽きて興味が失せたと

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第146わ「もう一つの❝ゲーム❞」

(承前) 怪物と戦う為に、怪物と上手く付き合う。即ち、毒を以って毒を制する。問題は、その手段。人間と吸血鬼が仲良くなるには、どうすればいい?踏み込んで考えてみる。何らかの共通の楽しみでもあれば、もしかしたら。 「そうですね。既に邪魔な従者どもは追い払いましたし……室内で二人きりで出来ること、何かあるでしょうか?」 屋内での、それも身動きのとれない人間でも参加できる一対一のレクリエーションか。トランプを用いたゲームは真っ先に却下。何故ならば、俺の視界は吸血女に筒抜けだから

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第145わ「進展」

(承前) 「私とて❝一ツ星❞の下積み時代があったのですよ?負傷した家畜の世話など慣れたものです。さてさて、まずは何から始めましょうか……」 ……。 「お腹は空いてませんか?」 ……。 「眠たくはないですか?」 ……。 「……何かして欲しいことはありますか?」 ……。 「了解しました。流動食を流し込まれて気絶するように眠りたいのですね」 用を足したい。自力で立ち上がれないので誰かに助けて欲しい。 「何ですか、トイレに行きたいのなら素直にそう言えばいいのに…

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第144わ「高潔、あるいは高慢ちき」

(承前) 「なるほど。つまり、こういうことですか。私に、あなた方の❝おこぼれ❞に与ればいいと……」 吸血鬼の薬指と小指が氷柱のように伸びた、と思う間も無かった。二匹のマンハントが額を貫かれて黒い体液を流しながら許しを乞うように床に両膝をついている。吸血女が両手を叩くと、見えざる何かに引きずられるような、操り人形のような歩き方で二匹のマンハントは部屋から退出した。 「……というワケで。全身の筋肉と骨がズタズタで要介護なダンナの世話は私が見させていただきます。異存はあります

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第143わ「一貫性」

(承前) 「……は?私のダンナを味見したい?冗談でも言って良い事と悪い事が……」 「お嬢様。何も我々は……」 「❝最初の一口❞が欲しいと言っているのではありません」 「「そこなニンゲンの利き手でない方の指でも頂ければ満足です」」 「私は薬指を」 「ならば私は小指を」 まずい。指を失うのは困る。❝ゲーム❞に支障は無いかもしれないが、生き残って元の生活に戻った後のことを考えれば非常にまずい。八本指の高校生なんて周囲からどんな扱いを受けるか分かったものじゃない。 「

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第142わ「チェックイン」

(承前) どうやら俺は吸血鬼の貴族のパートナーに相応しくない容姿をしているらしかった。光栄なことだね。この顔は生まれつきなんだ。文句があるなら両親に言ってくれ。……この世界の何処かで生きていてくれるといいけどな。 「お嬢様。今の我らは、言わば……」 「数年ぶりに起動した、シンバルを鳴らすサルの玩具にございます」 「「まずは新しい電池に代わる、当座の食糧を要求します」」 「チッ、わかりました。ルームサービスで昏倒させたニンゲンを注文します。ただし、食事は隣の部屋で済ま

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第141わ「品評」

(承前) 吸血女の無事を知って、俺は不覚にも安堵してしまっていた。他意は無い。彼女が死ぬときは俺が殺されるときなのだから。 「命令……もちろん忘れてはおりませぬ」 「その前に少し腹ごしらえをと思ったまで……」 何かがおかしい。青い炎に包まれながらも二人組は平然と会話を続けている。こいつら、並のハントマンよりも頑丈なのか。 「あなた達には身動きのとれない私の……パートナーの世話をするように言ったでしょう!?何ですか、『味は良さそう』とか、『横取りされる前に頂こう』とか

ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第140わ「緑の牧場に、憩いの湖に」

(承前) 俺は二匹の怪物に睨まれたまま身動きがとれずにいる。人間とハントマンの組み合わせとは何かが違う。外見、所作、身に纏う空気。こいつらは人間狩りだ。吸血鬼の貴族たるハントマンに対して、吸血鬼の庶民、マンハント。 「見た目はともかく味は良さそうです」 「横取りされる前に頂いてしまいましょう」 ハントマンにもピンからキリまであるように、マンハントにも同じことが言えるらしい。人語を解さず、武器を扱う知能も無いまま人間に襲い掛かる人間狩りの群れしか見たことの無い俺にとって