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母との日々

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2021年5月の記事一覧

ひとりで幼稚園(5)どんぐりコロコロ

ひとりで幼稚園(5)どんぐりコロコロ

それは寒い朝だった。わたしは他の園児と共にバスを降りて幼稚園に向かった。樹木の多い園庭は、園児にとっては迷路のような不思議な世界である。門から玄関まで石畳が敷かれているが、寒い冬の朝は、むき出しの地面に霜柱が立っていて、それを我先に踏んでいくのが日課になっていた。その日もそんな風に、石畳からはみ出しながら、あっちへふらふら、こっちへふらふらとさまよい歩いているうちに、ふと池に氷が張っているのに気づ

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本の重みで床が抜ける?

本の重みで床が抜ける?

今日は、久しぶりのコーラス会ということで、母は二、三日前から機嫌が悪い。悪いというほど悪いわけではないのだが、昨日は夕方、居間に下りていくと、「あなたが二階を歩くとミシミシ、床が抜けそうな音がするの。本のせいじゃないかしら」と言われた。ちょうど雨が微妙な感じで降っていて、その音と勘違いしたのかもしれないと思ったが、面倒くさいので黙っていた。

本で二階の床が抜けるというのは、数年前からときどき思い

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初めてのフェリー(7)パリ行特急

初めてのフェリー(7)パリ行特急

フェリーは夜中のドーバー海峡を無事に渡り、翌朝妹とわたしは、パリ行きの特急に乗った。だが、四十年も前のことゆえ、さすがに幼稚園の記憶ほどではないが、多くの部分が失われている。

パリ行きの特急がフェリーでイギリスから直接運ばれてきた車両だったのか、それともオーステンデ(だと思う。カレーに行った記憶は全くないからだが、それこそ歳のせいだったりして。全然笑えない)で大陸側の車両に乗り換えたのかもよく覚

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傷ついた翼(1)

傷ついた翼(1)

5月初めの木曜日にひさしぶりにコーラス会があるというので、母の不安レベルは、数日前から明らかに上昇していた。前日には、二階のわたしの部屋の本の重みで天井が抜けて、階下のコタツで温まっている自分が押し潰される不安にさいなまれていたらしいことは既に書いたとおりである。

それでもコーラス会には出かけてゆき、いつも通りにメンバーと昼食を摂って帰ってきたのだったが、どうも様子がおかしかった。昼食の焼きそば

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傷ついた翼(2)

傷ついた翼(2)

5月某日の午前中に、母は、かかりつけの医者に新型コロナワクチンの1回目を打ちに出かけた。行く前はいくぶん緊張気味であったが、特になんの問題もなかったようで、帰ってきたときはケロッとしていた。

むしろ、昼ご飯をミニサイズのカップうどんで済ませようとしたのを、目撃したわたしに「インスタントラーメンは止めたほうがいい」と言われたことにむっとしていた。

「せっかく簡単に食べられるものをみつけたのに」と

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