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多様性のある学校教育へ その2

オンラインでの授業は今どんどん進化している

カラコロ教育のオンライン化が進むとしたら、何が現場に残りますか?

モエ:今いるアメリカの大学で、現場に残っているのは音楽の実技演奏、美術の絵画、彫刻などの実技、それと科学の実験実習、以上です。私のやっている生徒の教育実習もオンライン可能ということがわかったし、劇場系、演劇やパフォーマンスなどの分野もオンラインでの可能性もあるということで、オンラインに切り替わっています。芸術の実技、化学実験、課外授業などの分野は更に力を入れてこれからも現場でやり続けていく必要性があると思いますね。

カラコロ授業がオンラインに切り替わって先生の立場として変化したことは何ですか?


モエ:コロナ以降オンラインに学校が切り替わって、どんなオンライン授業にすれば生徒が参加してくれるのか?を先生達が考え始めて実験してみている段階だと思います。以前の授業の延長でZoomオンにして「教科書の30ページを開いて」とか言っても生徒は参加してくれなくなる一方でしょうね。自分はオンラインになったことで、コロナ前の授業では生徒が「出席日数を稼ぐ為に参加していたのかもしれなかった」ということに気づけました。そして教える側として、せっかくオンライン授業に参加してくれるんだから、生徒が参加したくなるようなオンライン授業はどんな授業なのか?ということを考えるようになりました。人気がある先生のオンライン授業は、柔軟にぱっと切り替えてしまうセンスと臨機応変な対応力があります。今までその人が培ってきたIT技術とセンスの感覚を活かして、実験的にとても興味深い授業を提供し始めています。パワーポイントを使ったり、動画や画像を取り入れたり、生徒たち側にもIT を使用して作成したものを授業の中で皆で共有して見せ合って意見を交換させたりしながら上手くITを取り入れて新しい形の授業のやり方がすでに始まっているんです。今まで教室で行っていた延長の授業のように、年に3回くらいテストをやって、というような先生の授業には生徒たちが気づいてオンライン授業への参加率が1年の間にみるみる激減しています。数字にでているので、そういう授業は今後廃止されていくでしょう。そういう意味でも先生というのは生徒に楽しみながら学んで、成功への道へと導いてあげる必要があるんだ、ということを改めて考え直すようになりました。

先生は、生徒の求めているモノが何なのかを探す手助けをするという使命がある

カラコロ:今後学校の授業がオンラインに切り替わっていくとしたら、先生として必要とされることは何でしょうか?


モエ:必要とされることは、一人一人の生徒が何を考えているかを先生が理解しようとしてあげる姿勢を見せることだと思います。正直今までの教室での授業ではそれに気づけていなかったんですよね。私はコロナのお陰で今までは目の前に生徒がいたにもかかわらず、生徒のことが見えてなかった、ということに気づけたんです。生徒自身が「自分は何を伝えようとしているのか?」に気づかせてあげるような指導、時には個人的な話し合いをする必要もあると思います。先生の役割というのは生徒の求めていることを本人自身に気づかせるように導いて、引き出してあげるようにしてあげることなんです。ここ最近人気のアルタナティブ教育といわれているものが人気な理由ははそのことに重点を置いているからなのでしょう。一人一人という概念ですよね。

人間というのは基本的に「自分がやりたいことを人に伝えたい」という思いと欲求があります。それから人と共有して見せ合うということも好きですね。

例えば生徒にプレゼンテーションをさせたいと考えた時に「プレゼンテーションをやってください」とただ言うのではなく、一人一人と時間を取ってプレゼンテーションの準備の為に時間をかけさせるんです。個人的な話し合いをすることもでてくるでしょう。プレゼンテーション自体は数分とかのものかもしれないけど、プレゼンテーションという目的地に辿り着くまでに時間をかけて、そのことと向かい合い、自分の頭で考えて準備をしてきている過程があれば生徒達は自信を持ってプレゼンテーションができるようになります。プレゼンテーションの後に他の生徒から質問が出た時にも嬉しそうに答えていますよ。オンラインに切り替わってからは、そのように生徒が楽しんでやる気がどんどんでてくるようなシステムを作るように努めています。

オンライン授業は「お楽しみ会」をやるような気持ちで先生はお膳立てをする役目

カラコロ:生徒達がオンライン授業で自分のプレゼンを楽しんでやってくれるというのは素晴らしいことですね。
モエ:私が小、中学生の頃に 学校で行事になっていた「お楽しみ会」というのがとても好きでした。文化祭も同じようなモノだと思うんですけど、それは生徒がやりたいことを何でもやって良かったんです。そこには生徒の「自発性」がありました。先生はあまり口出しをしてこないから、生徒が好きなように決められるところがいいんです。オンライン授業でも「お楽しみ会」のような気持ちで授業に参加してくれるように先生側が後ろ側でお膳立てしていけば、生徒達は自主的にモノを考えて行動して表現をするようになっていくと思います。
「お楽しみ会」は日時が設定されていて、それに向けてみんな準備をして、お菓子があったりして楽しい雰囲気が学校中全体に流れるんです。外部の人も招待できて、いろんな層の人が交流して混ざり合うところもポイントが高いですよね。周りを巻き込む力や流れが作り出せます。そういう枠を先生が作って中身は生徒に任せる、先生は生徒に助けを求められたら助けるくらいの距離で、最終的な責任を取る役目だけです。やはり生徒自身が「自発的」にこれをやりたいんだと気づいて、行動できるようになることが生徒本人の成長にとって一番大切なことです。

生徒と「問答」をしてみよう


例えばスポーツに興味があるという生徒がいたら、スポーツの教育でこんな本があるから読んでみたら?とか、こういう面白い教授がいるから話しを聞いてみたら?とか興味のあることからその生徒が学ぶという姿勢を身につけていけるような導線を引いてあげるんです。生徒と1一対一で「問答」をするんです。「何を伝えたいのかな?」とか「何を知ってもらいたいのかな?」とか、問いかけをしていくと、その子が自分で考え始めるんです。先生は生徒に合わせた問答をしかけていく。そうすると大体の生徒は自分の抱えている問題や、普段の何気ない疑問とかを口に出し始める。「なんでテストを受けなきゃいけないんですか?」とか「ローンを組んで学校に来ることにどういう意味があるんですか?」という個人的な疑問です。そしてその時には先生側としても生徒と同じ目線になって一緒に考えます。そうやって生徒と本気で問答していくと「そうだよね、テストなんて必要ないよね、本当は」とか先生としてではなくて、本来の自分の考えが出てきて本音で生徒と向かい合えるようになる。
そうやっているうちに、問答の中から大抵の場合は生徒がなんとなく糸口のようなものを見つけて、行動し始めるんですよ。そしたら後はほっといても自主的に進んで行ってくれる。コロナのお陰で先生と生徒のそういう個人的な強いコミュニケーションをが生まれたわけだし、コロナ前はほとんどの生徒が「ただやればいいんでしょ?」みたいな感じのプレゼンテーションをやっていたけど、今はほとんどの子が自主性のあるプレゼンテーションをするように変化してきています。自分はこれが知りたいんだ、とかいうことを生徒が自分で考えられるようになってきています。そういう意味でコロナ以降は中途半端な気持ちでオンライン授業に出席する生徒が少なくなっていますよ。

カラコロ:私も「お楽しみ会」やってみたくなりました。生徒の自主性を引き出すような指導者というのはオンラインでも、そうでなくても指導者として必要な要素なんですね。

カラコロ:ではモエさんの考える教育の未来像というのはどんなものですか?

「公と民」がパートナーシップを組んでいく教育の未来像


モエ:未来像は自分自身の将来とも関わってくるんですが、これからの時代は「公と民」国とか行政のパブリックセクターと個人、会社とプライベートセクターがパートナーシップを組んでいくことが未来の学校教育の理想の姿だと考えています。
カラコロ:それに関して具体的に何かわかりやすい例がありますか?
モエ:アメリカではもうすでに始まっていますけど、例えばチャーターシステムという方法があります。芸術を全てのカテゴリーに取り入れた幼稚園から高校までの学校を作りたい。というアイディアがあるとします。寄付金は個人からも団体からも募ります。補助金を国と州に申請して、資金を公からと個からの両側から支援してもらうというやり方がチャーターシステムという方法です。

更に具体的なアイディアとしては、先生もオンライン授業はオンライ用の先生を国境を超えて募集します。例えば日本語のコースがあるとしたら、日本に住んでいる日本の先生にオンライン授業をしてもらうことも可能ですよね。講座によってはゲストティーチャーとしての1回きりの講座があってもいいと思います。教師免許とかはなくてもいいと考えています。小学生と社会人が一緒に学んだり、高校生が先生になったりとかもいいでしょうね。いいアーティストがいればアーティストレジデンスとして学校に滞在してもらって授業をやってもらったり、算数とか歴史の先生とアーティストがコラボレーションして授業をやるのもいいですよね。生徒の意見も取り入れながら、誰に教えてもらいたい?という生徒の声も聞いていく。学校で教えた人はその分クレジットで他の先生の授業が無料で受けられるエクスチェンジシステムを作ったり、そのシステムを使ってビジネスを始めたいと考えている人には学校が立ち上げを援助して、後々ビジネスがうまくいったら寄付金として学校に還付してもらうということも長い目で見て考慮にいれていくんです。学校同士でファウンドレージングとかをやってもいいでしょうね。このように公と個人の要素をうまく学校運営の中に織り交ぜていくんです。
そうなってくると、今までみたいに一生この職業、仕事を補償しますみたいなことはできなくなってきますよね。公教育も大学もそうですけど、公務員としての資格があれば定年まで継続できるというシステムはありがたいとは思いますけど、個人的にはそれは良くないシステムだと思っています。きっと今後は無くなっていくでしょうしね。もう少し柔軟にした方がいいんです。そうすればみんながやる気になるし、教育はその時々に求められている先生が指導をすればいいんです。

カラコロ:そうなると人気のある指導者は世界中で取り合いになってしまうんじゃないですか?


モエ:人気がでればどんどんオファーが来るでしょうね。でもそれでいいんだと思います。今までのシステムにしがみついて「辞めさせないでくれ!」とか言ってる指導者の多くは仕事もろくにしないで、手を抜くことしか考えていないことが多いのも確かな事実なんです。悲しいかな人間というのは一生安泰という保証がもらえると、そういう方向に行ってしまう生き物なんだと思います。みんながみんなそうというわけではないけれど、今まではほとんどの人が終身雇用がいいという社会的な考え方がそうでしたから仕方がなかったんですけど、これからの時代はその辺も大きく変わっていくでしょうね。

つづく

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