しきから聞いた話 101 告別鳥
「告別鳥」
急な病で旅立った女性の葬儀に参列した。
よく笑う人で、来年、還暦だと言っていた。
「実感ないわぁ、いまの六十歳って、みんな若いものねぇ」
彼女も、彼女の周囲の同年代も皆、まだ仕事なり趣味なりで、忙しく活躍している人ばかりだ。その中でも彼女は格別で、学生の頃から在籍していた研究所の関係で、ずっと自然保護活動に関わっていた。中でも専門は鳥類の生息環境の保護で、つい十日ほど前まで、国内外をまさしく飛び回っていた。
葬儀は親族のみで行ったが、数人の友人、知人にだけは知らされた。鳥に関係した知己は、彼女にとって家族同様だった。
火葬場に併設された公営の式場に、導師の読経が響く。
親族は8名、友人知人が6名。葬儀社の係の案内で、ひとりひとりが焼香をしたが、すぐに終わって全員が席に戻る。しんとした式場に、また読経だけが響く。
ふと一瞬、音が途切れたとき、軽く柔らかい羽音と共に、一羽の小さな鳥が式場内に飛び込んできた。
スズメだろうか。
祭壇の上、天井近くを左右に飛び回ってから、導師席の前に安置された柩のすぐ上を、二度、三度と行きつ戻りつする。
導師は、冷静さを保ち、読経を続けた。
親族ほか、席についた人々も「あっ」と小さく声を上げはするが、立つことはしない。葬儀社の二名は鳥を追うけれど、捕まえられるわけがない。
そうこうしているうちに、なんと、続いて三羽の小鳥が飛んできた。
ツバメだ。黒い尾羽が、つややかに美しい。
スズメと同様、柩のすぐ上を飛び、さっと式場の後方へ姿を消す。
そこからはもう、巧みな演出なのではないかと思うような光景が、目の前に繰り広げられた。
メジロ、ヤマガラ、シジュウカラ、コゲラ、ヒバリ、ほかにも数種類。小鳥ばかりだが、入れ替わり式場内に飛来する。
おそらく最初のスズメのとき、式場の入り口は開け放たれていたのだろう。そこから次々に入る。葬儀社の人は、次から次へと飛んで来る鳥達に、もう、入り口の開け閉めをあきらめて、呆然と立ち尽くしていた。
鳥達は、式場内を飛び回った後に出ていくものもあれば、中の椅子の背もたれに留まるもの、後方の壁の出っ張りを止まり木にしてじっと見下ろすものなど、様々だった。
しかし不思議だったのは、彼らのうち、鳴くもの、さえずるものが、ただの一羽もいなかったことだ。まるで、沈黙によって、真摯な弔意を表そうとするかのようだ。式場内にとどまった鳥達は皆、じっと柩を見つめていた。
読経を終えた導師が、退場する。
葬儀社の二名は、鳥達の存在を無視することに決めたらしい。それでも動きのぎこちなさで、彼らの極度の緊張感が伝わってくる。
鳥達は、動かなかった。
式場内で供花が切られ、柩が中央に動かされ、蓋が開けられる。
「最後のお別れです」
司会者が親族を柩の周囲にいざない、花を手渡していく。
「お疲れさま」
「ありがとう」
「ゆっくり休んでね」
皆が口々に声をかけ、花を手向ける。
一羽、二羽と、鳥達が動き始めた。
柩の上を飛び交うもの、柩のふちに留まるもの。
親族達、そして知人、友人も、何か魔法にかかったように、鳥達の動きを自然に受け入れていた。
出会えたことに感謝し、共に過ごせたことに喜び、悲しみながらも、見送る。
人も、鳥も、想いは同じなのだ。
柩が閉じられ、荼毘に向けて式場から外へと葬列が動き始めたとき、先頭を歩く導師が、声を上げた。
「あぁっ」
空を、鳥達が覆いつくしていた。
小鳥だけではない。ハトやカラス、カモ、サギ、トビ。天高く、見守るように大きく輪を描くのは、ワシだろうか。
こんな葬儀は、初めてだった。
鳥達にとって彼女は、最後に別れを告げに来ないではいられないほど、慕わしく、愛すべき、大切なひとだったのだろう。
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