綾部理

不思議な話、優しい話、が好きです。仏教とか、民俗とか、歴史とか、に興味があります。亡く…

綾部理

不思議な話、優しい話、が好きです。仏教とか、民俗とか、歴史とか、に興味があります。亡くなった息子(猫)をずっと愛しています。

最近の記事

しきから聞いた話 183 かなしみの棘

「かなしみの棘」  犬を見てほしい、と連絡がきたときは、どんな珍しい案件かと、少しわくわくした。  なにしろ彼女は、野生動物の保護などに関わる獣医師で、犬についても知識は豊富だ。あるいは、生きている犬ではないのか、と考えもしたが、とにかく訪ねてみると、予想に反してとても日常的な、けれど痛ましい話であった。 「未緒は、犬と暮らすのをすごく楽しみにしていたの。でも、初めてにしては、ハードルが高すぎたわ」  彼女はまず、居間で茶を淹れてくれた。そして、おおまかな事情を話し始め

    • しきから聞いた話 182 立春の小鬼

      「立春の小鬼」  毎年の開花を楽しみにしている梅が、散歩道にある。  天満宮の鳥居の下に植えられて、おそらく100年は経っているだろう。今年も順調につぼみが膨らみ始めていた。  立春の朝、もう遠目にも春が萌している。さて咲いてはいないものかと近付いていくと、梅の根元に、中型犬くらいの大きさの、何かがいた。 「まあまあ、そう、へこまずに。おまえがよく働いたということじゃないか」  これは梅の声だ。何かを、慰めているようだ。  よく見ると、それは、鬼の子供だった。 「あぁ

      • しきから聞いた話 181 小さな龍

        「小さな龍」  湖のほとり、少し岩場のようになったところに、小祠が祀られていた。  知る人ぞ知る、という言われ方をすることも多く、たしかに遠方から拝みに来る人もいる。地域の昔話では、湖の成り立ちと共に語られており、小さく質素な小祠ではあるが、歴史は古い。  ここには、龍神が祀られていた。  ときおり姿を見かけるし、数回は話しをしたこともある。青磁の冴えた輝きを放つ、美しいうろこの龍だ。  この小祠では、12年に1度、新しい龍が生まれる。といっても、青磁の龍が産むのではな

        • しきから聞いた話 180 気弱なほとけ

          「気弱なほとけ」  その家では代々、家の仏壇に入る者達はみな、三回忌までは成仏しない、と言われてきた。  成仏、する。  では、成仏とは何か。 「なんだろうねぇ。なんか、姿を見せなくなると、成仏したって言うよね」  仏壇の前であぐらをかいた長男が、そう言った。 「あら、私はおばあちゃんから、この家の先祖はみんなのんびりしてるから、仏さまになるのに時間がかかるって聞いたわよ。仏さまになって、生きてる人達を守ってくれるのが、成仏なんでしょ」 「なんだい、そりゃ」 「ねえ、

        しきから聞いた話 183 かなしみの棘

          しきから聞いた話 179 想い雪虫

          「想い雪虫」  古い山城の跡に立つ山桜の葉が色づいて、もう半分ほども落ちている。  この数日の朝晩はめっきり冷え込んで、北の空にかかる鈍色の雲は、いまにも雪を降らせそうに重かった。  季節が動き、最初に降る雪は、なるべくこの山城の跡で迎えることにしていた。特に、親しい人を見送った年は、想いのかけらを受け取りに行く。  しかし、親しい人とはどのような人か。気がつけばこのところ毎年、ここに来ているのではなかったか。  ふもとからゆっくり歩いても、小一時間あれば山城のやぐら跡

          しきから聞いた話 179 想い雪虫

          しきから聞いた話 178 地下鉄

          「地下鉄」  数年ぶりに訪れた都市で、地下鉄に乗った。  もう半世紀以上も走り続ける路線で、駅の改札も、構内も、車輌も、ずいぶんと古びた印象を受ける。久しぶりだから、余計にそう感じるのかもしれないが、ホームに立って壁を見ると、何ヶ所も水がしみ出していて、やはり経年劣化だろうと思う。  なんとなく、天井が低い。  なんとなく、照明が暗い。  生き物と同様、鉄道も駅も、年を取っていくのだろう。  ガタゴトと電車がホームに入ってきた。  キーッとブレーキがきしみ、がくんと停まっ

          しきから聞いた話 178 地下鉄

          しきから聞いた話 177 八の字の眉

          「八の字の眉」  夏に熱中症で倒れたご隠居が、いよいよ老衰で危ないというので、見舞いに出かけた。  もう90もなかばで、あちこちが弱っている。それでも頭はまだしっかりしたもので、床の中で穏やかな笑顔を見せてくれた。 「体に、なんだか力が入らんで、もう、お迎え待つだけかなぁて」 「なに言ってんの。もちょっと頑張って。よりちゃんの赤ん坊の顔、見なきゃねぇ」  枕辺に座った娘が、気楽な口調で励ます。よりちゃんというのは、ご隠居の孫で、そろそろ臨月だという話だった。 「うん。

          しきから聞いた話 177 八の字の眉

          しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

          「北を待つ鴨」   収穫を終えた田んぼの横の水路に、一羽の鳥がいた。  光沢のある緑色の頭、黄色いくちばし。  マガモのオスだ。   そういえば昨年も、今頃にやって来た。昨年は確か、もっと紅葉が早かったのではなかったか。思えば一昨年も、ここでこのマガモを見た覚えがある。  毎日ではないが、よく通る道だ。この水路は幅が広く、ちょっとした小川のようで、景色が良い。カモという鳥は、なぜか水辺の風景によく溶け込んで、そこにいるのが当たり前のようで、しかし季節のうつろいを教えてく

          しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

          しきから聞いた話 175 器物たちの蔵

          「器物たちの蔵」  明け方、枕辺に見知らぬ女が立った。  目覚めていたから、いわゆる夢枕ではない。ようやく東の空がほのかに明けたくらいで、部屋は暗い。もしや鬼のような面構えなら見たくないな、とじっとしていると、あちらも立ったままで動かない。しばらくそうしていて、なんだか我慢くらべも馬鹿らしくなったので、床から起きると、いきなり女と目が合った。 「ごめんくださいませ」  いまさらな挨拶だ。 「お頼みしたいことが、ございまして」  口調は丁寧だし、物腰は柔らかで落ち着い

          しきから聞いた話 175 器物たちの蔵

          しきから聞いた話 174 お迎え

          「お迎え」  駅から歩いて30分ほどの畑の中に、ぽつんと一軒、今は住む人のない古い家が建っている。  あるじは丁度一年前、秋晴れの下で天に還った。生きていれば今年が古希の祝いで、少し離れた市街に住む子や孫に囲まれ、幸せに過ごしていたはずだ。  子も孫も、あるじが大好きだった。そして、あるじだけでなく、あるじと共にいつもいた、たくさんの生き物達が大好きだった。 「あぁ、すみません。お待たせしました」  家の前に立って、あるじのことを思い出していると、車が停まって長男が降り

          しきから聞いた話 174 お迎え

          しきから聞いた話 173 跡目の仔

          「跡目の仔」  神社の前を通りかかったとき、中から言い争うような声がした。 「早くから修行を始めないと、この子のためにならない」 「そんなこと、させるもんかい」 「何を、罰当たりな」 「おまえのバチなんざ怖くないわ」  きいきいとした声は、どうやら常のものではなく思われたので、のぞいてみることにした。 「この有難いお話しを」 「なにが有難いもんか」 「あ、」 「きゃっ」  小さな、茶色いものが、さっと目の前を横切って、藪のなかに隠れた。  古びてこぢんまりとした拝殿の

          しきから聞いた話 173 跡目の仔

          しきから聞いた話 172 お喋り金木犀

          「お喋り金木犀」  入院していた知人が、退院すると連絡をくれた。  出産のための入院で、逆子なので帝王切開をした。その後数日、退院の予定が延びたのだが、もう心配ないということだった。  結婚前から、夫婦ともに付き合いがあったので、結婚後も気安く、しばしば互いに行き来していた。今回は、安産守りを引き取り、ひとり増えた家族全員の健康守りを渡すために、訪ねる約束をしていた。  聞いていた時刻より早く着いてしまったので、家の前で待つことにした。  この家は、ふたりが入籍する前に

          しきから聞いた話 172 お喋り金木犀

          しきから聞いた話 171 じいさま獅子

          「じいさま獅子」  知人が住職をしている寺を訪ねた。  駅から歩くと30分ほど。そこに山門があるのだが、そこからさらに石段を二百ほど上がらなければならない。裏手に車の通れる山道があって、たいていの人はそちらで上の駐車場まで行くようだ。けれど、山門をくぐって、歩いて上がるのは好いものだ。一歩、一歩と歩いていくことで、境内の空気に馴染んでいくような気持ち良さがある。 「いらっしゃい。やっぱり、歩いてきたのか。電話をくれれば、駅まで迎えに行くのに」  知人はいつも、そう言う。

          しきから聞いた話 171 じいさま獅子

          しきから聞いた話 170 萩の道

          「萩の道」  駅からまっすぐ延びた通りを10分ほど歩き、左へ入ってしばらく行った突き当りに、古い寺がある。  日頃は訪れる人がほとんどいないが、秋口になるとにぎわいをみせる。そこは、萩の寺として知られているのだ。  山門の手前から本堂にかけて、歩けば5分もかからない距離だが、大人の背丈ほどまで伸びた萩が、次から次へと花を咲かせるので、なかなか野趣に富んだ好い景色となる。ほとんどが赤紫の花だが、中に白もあって目が飽きない。  ここ数年、高齢の住職の手伝いに、しばしば訪れるよ

          しきから聞いた話 170 萩の道

          しきから聞いた話 169 涙花草

          「涙花草」(なはなくさ)  涙花草、というものがある。  草、というからには、植物だろうと思われるが、実際何なのかは知らない。実物を見たのは、これまでで2度。秋明菊にそっくりだった。  秋明菊は、キクと名につくが菊ではない。涙花草も、草とつくが植物ではないかもしれない。  水のきれいな沢のあたりにあるというが、見たのは鉢に植えられていた。切って水に差してもよいのだと聞いた。  心が壊れそうなくらい悲しい出来事があったとき、この草を近くに置くとよいという。この草は、生き物の

          しきから聞いた話 169 涙花草

          しきから聞いた話 168 彼岸の花火

          「彼岸の花火」   昨年の秋口、いや、秋も終わりの頃だったか。  近所の、しばしばひとりで遊びに来る少年が、小さな両手にいっぱい、球根を持ってやって来た。  何の球根だ、どこから持って来たのかと尋ねると、白い歯を見せてにかりと笑った。 「うちの裏の小屋のとこ。屋根から雨が落ちて、下が掘れちゃって、これが見えてたの。もっと掘ったら、こんなにあった」  何の球根だろうか。まんまるではなく、上下にやや細長い。  どうするつもりかと訊くと、少し目を伏せるように、両手の球根を見な

          しきから聞いた話 168 彼岸の花火