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しきから聞いた話 126 どんぐり供養

「どんぐり供養」

 新興住宅地の端、低い山の麓に、広々とした自然公園があった。

 遊具は無いが、自然の湧水を活かした小川沿いの遊歩道が整えられ、もともとの林を残した木立ちが美しい。周辺の住民はもちろんのこと、遠方からも訪れる人が多い、気持ちの良い公園だ。

 久しぶりに訪れたのは、丁度、紅葉の鮮やかな時節で、ゆっくりゆっくりと歩きながら、林の中で深く呼吸をすると、身体の隅々にまで、木々の優しさが染み渡っていくようだった。

 ふと足を止めたとき、目の前の木の根元を、リスが横切った。
 リスといえば、すばしっこい動きをするものと思い込んでいたが、そのリスは四つ足で、ゆっくりと歩いている。なんだか不思議なものを見るような心持ちになって見つめていると、歩調を変えずに芝生を横切っていく。そして、小川の脇にレンガで囲われた花壇の縁まで行くと、動きを止めて、二本足で立ち上がった。

 前足で頬袋をしごくようにしながら、どんぐりをふたつ、出す。それを花壇の脇にそっと置く。そしてまた、ゆっくりとした歩き方で、目の前の木の根元まで戻ってきた。

一部始終をじっと立ったままで見ていたが、リスはこちらを、まるで気にかける様子もない。
 人慣れをしているのだろうか。

 戻ってきたリスは、木の下にたくさん落ちているどんぐりをひとつ拾い上げ、くるくると回してぽいと放り出す。またひとつ拾い上げ、ぽいと放る。また拾い、これは気に入ったのか、大きく口を開け、頬袋に収めた。

 三つの大きなどんぐりを拾ったリスは、先程と同じように、ゆっくりと歩いて芝生を横切り、花壇の縁まで行く。何かあるのだろうかと気になって、こちらもゆっくり、距離を取りながらついて行ってみると、花壇の脇には、すでにたくさんのどんぐりが、まるで供え物のように、こんもりとひとやま盛られていた。

 これから地中に貯蔵するつもりなのか。

 頬袋からどんぐりを出す様子を見ていると、リスの方から、こちらを向いて見上げ、話しかけてきた。

「なにか、御用でしょうか」

 若い、雌だ。

 いや、用ではない。ただ、リスにしてはずいぶんとゆっくり動いていたから、もしや身体の調子が悪いのではないかと、気になったのだ。

「御心配くださったのですか。恐れ入ります。わたくしは、元気です。ただ、」

 リスは目線を落として、脇に積んだどんぐりの山を見た。

「ここに、弟が眠っております。弟は、ひと月ほど前、死んでしまいました。お急ぎでなければ、弟のこと、聞いていただけますか」

 それは是非、聞かせていただこう。
 そう答えてから、横に座ってよいかと尋ねると、リスは上品にうなずき、どうぞと招じてくれた。

 リスと弟は、この公園の中で別々にねぐらを作っていたが、ずっと仲良く行き来していたのだという。
 弟は動きが素早く、いつも元気で、恐ろしいフクロウやネコの気配にも敏感で、リスを常に心配して、守ってくれていた。

「頼りになる弟でしたけれど、少し、うっかりしたところがございまして、頬袋にどんぐりを詰め込みすぎて、息がつまって、死んでしまいました」

 リスは、ふうっと小さく、ため息をついた。

 声をかけたり、身体をゆすってみたりしたけれど、弟は息を吹き返さなかった。
 どうしよう、どうしよう、とおろおろしていると、どこからかカラスがやって来た。

「ああ、どうしよう、弟が食べられてしまう、と思ったところに、若いひとがふたり、近付いて来てくれました。わたくしはそのとき、あの木の上に逃げました。逃げても見ておりましたら、ふたりのひとは、弟の亡骸をそっと取り上げて、そして、」

 ここに埋めてくださいました、と言ったリスは、どんぐりの山にそっと前足を伸ばし、触れた。

「あの木になる、このどんぐりが、弟は大好きでした。ですからわたくしは、弟のために、ここにどんぐりを運んでいるのです」

 リスはまたひとつ、ため息をついた。そして、

「運びながら、いろいろなことを考えます。頬袋には用心深くどんぐりを詰めなければ、とか。地面にも空にも注意しながらゆっくり動かなければ、とか。ひとは思いのほか怖くない生き物なのかしら、とか」

まんまるの黒い瞳をうるませたリスは、こちらをじっと見上げた。

「冬までは、こうして弟のことを考えながら、過ごしたいと思っています。それから」

 リスは、前足を胸の前で合わせるようにしながら、こう続けた。

「生きているのって、ありがたいなぁと思いながら、過ごします」

 こちらも自然と手を合わせ、ゆっくりと低頭していた。

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