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【短編小説】白票革命の話

防衛軍将校によるクーデタの成功が突然JHKのニュースから流れてきた。
先進9か国の一員であるJ国でクーデターが起こるなんて、首謀者以外の国民は全く想定していなかった。
ちなみに、首謀者の一等防佐・斉山貞香は「投票に興味を示さない国民、そして、その国民とともに静かに沈んでいく国だからこそ、成功した。大きな反発もなく、警察組織を把握することさえまったくもってたやすかった」とクーデターの容易さを語っている。
(また、後々明らかになるように、超大国αのタカ派政権による承認を得たクーデターでもあったが、この点は割愛する)
 
クーデターのスローガンは、「法治を放置するものは、社会的痴ほうである。社会的痴ほうは、放置された法治によって再生産される」というものである。
最初に聞いたものは「ホウチ、チホウ???地方を改革するのかな?」程度の理解がほとんどであった。しかし、日に数回、放送される斉山貞香の演説から、やっとその趣旨が明らかになってきた。趣旨をまとめると、
1.この国には、不合理な法令が多く、この不合理な法令に習熟することで国民から搾取することを生業とするものがいる
2.法令による国民搾取を生業とするものは、帝都大学法学部卒業者をその頂点にもつ官僚である
3.官僚組織は、現行の法令の変更をさせないよう族議員を輩出し、立法府を無意味化している
4.伝統的革新政党は政策論議をせず、スキャンダル批判での劇場型論戦に終始し、同様に立法府を無意味化している
5.立法府を構成する代議士は、選挙によって選ばれてはいるが、民意を反映していない
6.明白なことは、投票を棄権するもの、白票を投じるものが多く、現在の議員のいずれもが選挙民の多くの支持を得たとは言えないことである
7.この点を6か月以内に改善し、新しい民主的議会を創設する
であった
 
すなわち、このクーデターは、民主的な選挙を新たに実施し、そのもとで活力ある立法府を生み出すという目的で行われたというのである。
「放置された法治による社会的痴ほうからの解放」クーデターというわけだ。
 
国民はますます混乱したが、危機と感じるべきか、喜ぶべきかさえ分からない状態にあった。実際、大戦直後からなんにでも反対を唱えるという伝統的革新政党(伝革と呼ばれる)の支持者のビラ配りはあったが、ほとんどの国民は高齢者の伝革支持者が配るチラシに見向きもしなかったし、インターネットを中心にやりとりしながら事態を興味深く傍観者的に眺め続けていた。
ちなみに、クーデターが行なわれたにもかかわらず、ネットにも規制はかかっていなかったし、放送局は1日3回暫定政権の放送をする以外はこれまでと何も変わらなかった。つまり、お昼には「腹をかかえてイーンダヨ」という長寿番組のMCが「いーんだよ!」と言っては会場を笑わせる光景が流れ続けていた。
(ただし、クーデター後半、J国放送協会(JHK)にはある改革が迫られるのだが、これはまた別のお話)
 
しかし、斉山貞香の目的がだんだんに明らかになっていく。
クーデター翌日の放送で、斉山は次のように語った。
「暫定政権は新選挙が実施される6か月以内には、新政権に政権をすべて移譲します。そして、新政権が立法府として機能し始めたなら、私は、クーデターの責任を、新立法府のすすめる法治に委ねます。この点は、一切間違いのないものとして、世界中に宣言します。」
「おそらく、多くの方は、新選挙が壟断され、斉山が首相となるのではないかといった憶測を抱いているものと思います。どうかそうした心配をしないでください。私は、選挙に立候補することはありません。また、私が傀儡となるという疑念を排するために、暫定政権を担う11人は一切立候補しません。」
「選挙の改革については、また、明日お話しします。また、選挙は世界中のだれからも公正であることが認められるよう、選挙の実施方法について疑義のないよう国民に情報開示し、国家連盟の査察を受け入れます。」
「では、皆様、明日、またお会いしましょう。どうか今日も健やかにお過ごしください。」
 
そして、その次の日…
「新選挙の改革のいくつかについて、今日はお話しします。」
「参議院を廃止し、衆議院に一本化します。さらに、議員定数を100名に削減します。こうして、立法のスリム化、効率化をはかります。」
「本邦の国力が衰えていく中、立法府が最初に身を切る改革をしなければなりません。しかし、既存の立法府自体が、その決定をすることは絶対にありません。その理由は皆さまはすでにお分かりのことと思います。さきほど、すべての国会議員を罷免しましたが、彼らは国民の代表ではなく、政党の代表にすぎず、国民の未来ではなく、放置された法治主義を謳歌する官僚組織との連合体にすぎません。」
「このクーデターは、国民のためという意味で正しい法令、新しい法令を整備し続ける立法府を生むための歴史が要求するリセットです。皆さんも、PCや家電の動きがわるいとき、リセットしたり、電源を切ったりしますね。これはそういう活動であり、未来の立法府にすべてをゆだねるという民主革命といってよいものです。」
「では、皆様、明日、またお会いしましょう。どうか今日も健やかにお過ごしください。」
 
さらに次の日…
「新しい100名をどのように選ぶのか?おそらく、再度の立候補を考えている前議員の皆さんには、選挙区割りが一番興味の対象でしょう。ここは機械的に一定の法則で行います。この細かい説明は、コンビニ、郵便局などに置かれたチラシやHPでご確認ください。」
「今回の選挙は、80の選挙区から1名ずつを選ぶ小選挙区制と、20名を全国から選ぶ比例代表からなります。割合などには大きな変化がありますが、現行の選挙制度に沿ったものです。ただし、小選挙区で立候補したものは、比例代表名簿に名前を記載することはできません。」
「また、これからの話が最も重要ですのでよく聞いてください。」
「国民は、国家が健全に機能するよう努める義務があります。投票を棄権するものはその義務を果たしていない点で、犯罪者といえます。本政権はこうした犯罪者に対して厳しい罰を与えます。」
「言い換えましょう。これまで、投票は権利と考えられてきました。それは正しい。しかし、投票は権利であり、同時に義務なのです。この義務を果たさないものには、罰金、禁固、防衛軍での社会奉仕などの罰を課します。これは、防衛軍および防衛軍が把握する警察力をもって、厳しく行います。」
「疾病等で、この義務を果たせないことはやむをえません。前もって申請いただければ、適切な手続きのもとで投票義務を免除します。」
「免除者以外のすべての方は投票しなければなりません。免除者を除き、投票率100%となるように防衛軍、警察は強力に管理します。また、同時に、投票期間、投票所の数など、有権務者の利便に最大に配慮します。」
「では、皆様、明日、またお会いしましょう。どうか今日も健やかにお過ごしください。」
 
斉山貞香の話は、いよいよ世の中に多くの議論を巻き起こし始めてきた。ネットでは、もちろんのことだが、「めんどうくさい」「逃げたい」「罰金が安いならいかないけど、防衛軍で社会奉仕はやだなあ」などが渦巻き始めてきた。そして、一番多いのが「だれに投票したって無駄。変な奴しか立候補しないしね」というものであった。
 
そして、翌日。
「投票率100%とすることは、ご理解いただいたことと思います。本政権の軍事力はこの一点に対しては大きな権力であると考えてください。」
「ところで、投票したい相手がいないのに、投票させるのは非道だという意見もありましょう。なので、投票したい相手がいないならば、白票をいれてください。」
「『無駄な白票をいれるために、わざわざ行かせるな』と思った方、この選挙では白票は無駄ではありません。白票を有効投票とし、たとえば、小選挙区で白票が最も多かった場合、白票を当選者とします。」
「では、皆様、明日、またお会いしましょう。どうか今日も健やかにお過ごしください。」
 
さすがに、巷では斉山の話題が沸騰し始めていた。「白票がトップ当選?(笑)」「そうなりそう」「でも、過去の議員たちの選挙活動が一層必死になって、うるさそう」「白票がトップだと、そこが空席。そこに斉山がはいるってことだね」などなど…。
 
そして、翌日…
「さて、白票がトップ当選した場合、その扱いはどうなるのか?この点が皆さんの興味の対象だと思います。あるいは、白票なら暫定政権がその部分を埋めるのではと危惧した方もいらっしゃるでしょう」
「そうした危惧は不要です。」
「白票の場合、小選挙区内の有権務者からランダムに30人を選びます。この30人には1~30までの番号が付され、1番の人から『代議士になるか』の意識確認がなされます。拒否は自由です。また、年俸、活動費などは現行から減額することはありません。」
「30番までのすべてが「拒否」の場合、欠員となります。白票への投票はこの点を理解して進めてください。比例代表では若干複雑になりますが、仕組みは同様と考えてください。この点の説明は、AIボットに音声で問いかけていただけるように準備しています。」
「では、皆様、明日、またお会いしましょう。どうか今日も健やかにお過ごしください。」
 
立候補しないでも、議員になる可能性は大きな波紋を呼んだ。「兼業ができないから、絶対にヤダ」「おもしろそう」「チューチューのチャンスなのだ」「稼げる!」…
 
そして、翌日…
「『議会は単一の100人。投票率は原則100%。白票は有効であり、白票当選者はランダムに国民から選ばれる』、これが昨日までお話したことです。」
「議員になると、専念義務があるという懸念がおありだと思いますが、兼業することで構いません。専業のこれまでの議員は、当選直後から『選挙活動という仕事との兼業代議士』をしているといえますから、兼業を認めても、事態が悪化することはありません。」
「さて、細部はいろいろとありますが、最後の制度改変の話に移りましょう。」
「結局、お金がないと選挙できないのだから、何もかわらないのでは?と思った方もいるでしょう」
「我々は、お金のかからない選挙を強制します。これは推奨ではなく、強制です。」
「第一に、選挙カー、選挙ポスター、本人以外のビラの配布は一切禁止します。本人が街頭で演説する、本人がビラを配るのは構いませんが、本人以外がそうした作業をした場合、選挙違反として厳罰に処します。なので、応援者が、演説会に参加して、応援演説を行うことも一切許されません。また、街頭演説の安全は、防衛軍および防衛軍が把握する警察の力によって保たれることを保証します」
「第二に、JHKの教養チャンネルは24時間、政見放送を行う局とします。政見放送の候補者順は、毎日ランダムに入れ替えます。また、同じ放送を見られるインターネットサイトを作成し、サイトからすべての情報を得られるようにします。基本、インターネットを利用していただくことを推奨します」
「立候補には、過去3年間の所得で最も高い所得の額』、または『貯蓄額の1/10』のいずれか高いほうを登録料として支払う必要があります。また、現政権が設定したクラウドファンディングのサイトで、上記の額を集めることも許容されています。」
「当選した場合、登録料はすべて返還され、落選した場合には国庫に没収されます。また、当選者がクラウドファンディングで登録料を集めていた場合、自動的に寄付者にお金がもどります。」
「その他の細かいことは、防衛軍説明隊、AIボットなどに聞いてください。」
「では、皆様、明日、またお会いしましょう。どうか今日も健やかにお過ごしください。」
 
そして、選挙が2か月後に公示され、静かで、おだやかで、候補者だけが必死で汗だくな一か月の選挙活動期間がおわった。そして、駅、コンビニなど過去最多の投票所が設置され、2週間の期間の投票がα国軍を中心とする国家連盟査察団の監視のもとに行われた。また、投票義務違反、選挙違反には、厳しい取り締まりが行われた。


もう結果を書く必要はないでしょ?
皆さんの予想通り、白票は80小選挙区のうち約60の選挙区でトップ当選し、比例代表で10議席を獲得した。少ないって?いやいや…(笑)
人によっては、「J国の政党政治の仕組みが変わっていないなら、白票で議員になった人は質問権がないのでは?」という当然の疑問をもつことでしょう。
大丈夫、立法府は動き始めました。放置された法治のもと、法を暗記し、その解釈と運用を生業とすることでライフチャンスを拡大してきた帝都大法学部の力は消えました。だって、AIのほうが、法に詳しいのに、力を持っているのがもともとおかしかったのですから…
答えになっていないって?
最大与党はちゃんと生まれています。法治をきちんと実行するための政党、「白票党」ができました。この話は「白票党奇談」で。
こうして、後世に「白票革命(英語ではBlank Ballot Coup: BBC)」と呼ばれる反乱は、その主目的を果たしました。
え、斉山貞香のその後の話やJHKの分割の話が気になるって。これはまた、別の機会に。
今日も健やかにお過ごしください。
(おわり)
 
(本稿は完全なフィクションであり、特定の国、地域、団体、制度、企業、個人とは一切無関係です。)
 

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