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サイン会にて~長編小説『弥勒』より~

読了後、しばらくの間、ずしっと重く感じた作品がある。

それは、篠田節子先生の長編小説『弥勒』。

大学生の時、サイン会で、表紙裏に直にサインを頂いた作品の1冊だ。

舞台はヒマラヤの小国パスキム。その国の美しい彫刻に魅了された日本人が、甘い判断から密入国し、軽率な行動の果てに革命軍に捕まり、脱出するまでの物語。

連れていかれたキャンプで待ち受けていたものは、強制労働、集団結婚、監視、報告、歴史的文化遺産と精神文化の破壊…人の死が日常的であり、人がゴミになるというのは珍しくもない社会。

何より恐ろしいのは、洗脳され、思想のために親さえ売る、凶器と化した『子犬』と呼ばれる子供たち。

胸に突き刺さった箇所を本文より引用。

日本から来た女性観光客が、「貧しいのに、子供たちの目はきらきら光っていて」と的外れの賛美をする、

姿を変えてしまったその国で、唯一手に入れたのが『弥勒』。国王さえ見られない秘仏。高さ僅か70センチほどの、美しく眩い弥勒菩薩立像。

やがて1年が経ち、そこから脱出するチャンスが訪れる。道中、やむなく殺人を犯し、自らも地雷で片足を失いながら、あらゆる手段で自分の見てきたことを世界中に報せなければならないという使命感を背負い、国境を越え、インドに入る。捕えられる前に隠しておいた『弥勒』を手に。

こんな自分でも救済されるのか…神秘の笑みを浮かべる弥勒に問いかける。

片足を失ったせいか、国境を越えた辺りから、徐々に弥勒像が重く感じられる。

弥勒を包んでいた布の結び目をほどくと、斜面を転がり、視界から消える。

あの秘仏は、パスキムから持ち出してはいけないものだったのかも知れない。

運よく通りがかりの若者に医療拠点に運ばれていく中、パスキムの惨状を世界中に伝え、救援に必要な対応を終えたら、またこの国に戻って来ることを決意する。

自分が手をかけてしまった人たち、惨状の中で亡くなった人たちに祈りを唱えながら、この国に生涯を捧げようと誓う所で物語は終わる。

平和ボケした頭に冷水をかけられたように感じた作品だ。

作中に出てくる『パスキム王国』。日本ではあまり知られていない国という設定になっていたので、読後に検索してみた。

ヒマラヤ山脈周辺かと思っていたが、実はそんな国はないことが判明。

検索していたら、やはり『弥勒』を読み、読後に私と同じことを考えて『パスキム王国』を検索した人がいることを知った。

わざわざ調べる人がいるくらいだから、この作品を、私と同じようにリアルに感じた人が他にもいたのだろう。

サイン会で篠田先生にお会いした時、とても芯の強そうな女性という印象を受けた。

その時、隣に篠田先生の旦那さんもいらっしゃった。

『弥勒』は主人公が男性で、筆力のある作品でもあり、「旦那さんがゴーストライターでは?」なんて一緒に行った父が冗談を言った。

それを聞いた旦那さんが、とても嬉しそうにしていたのを憶えている。

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