紀州かつらぎ熱中小学校ライター部

「紀州かつらぎ熱中小学校」は大人のための社会塾。「もういちど7歳の目で世界を…」とのコ…

紀州かつらぎ熱中小学校ライター部

「紀州かつらぎ熱中小学校」は大人のための社会塾。「もういちど7歳の目で世界を…」とのコンセプトで、大学教授や経済人を講師に招き、かつらぎ町天野の「ゆずり葉(旧天野小学校)」にて月に一度、リアル授業をおこなっています。その部活動の一環として、ライター部の取材記事を投稿しています。

最近の記事

縄文時代を楽しむ 中飯降(なかいぶり)遺跡【和歌山・かつらぎ町】

2024年6月29日、紀州かつらぎ熱中小学校ライター部のみなさんと一緒に、かつらぎ町にある「中飯降(なかいぶり)遺跡」を訪ねました。 「中飯降遺跡」は縄文時代の竪穴大型建物跡で、径は約15m~18m、高さ約12mもの建物が4棟あったと推定されています。 2008年、京奈和自動車道を建設する際の発掘調査で見つかったこれらの遺跡は西日本最大級で、当時は大きなニュースとなり、全国から約700人の人が見学に訪れたそうです。 ありがたいことに今回の取材では、発掘に携わったかつらぎ

    • 縄文の人々を想う ~中飯降(なかいぶり)遺跡~ 【和歌山・かつらぎ町】

      6月29日土曜日、ライター部員5人でかつらぎ町の中飯降遺跡を取材しました。 案内してくださったのは、かつらぎ町役場職員・和田大作さん。 私はかつらぎ町に30年以上住んでいますが、中飯降遺跡は全く知らないままでした。  この日は和田さんに詳しくご説明していただき、とてもありがたかったです。 中飯降遺跡では縄文時代から中世までの集落の、大型堅穴建物の遺跡が四棟発見されました。 そのうち一棟が京奈和自動車道橋脚建設の為、発見地東側に移設されました。 この移設するための現代の技術も

      • 縄文時代のロマンを訪ねて 中飯降(なかいぶり)遺跡【和歌山・かつらぎ町】

        かつらぎ町教育委員会 文化財専門員の和田大作さんの案内のもと、中飯降遺跡を訪ねました。 縄文時代にタイムスリップしたような感覚を覚えたのは私だけでしょうか。 和田さんのやさしい口調に想像をかき立てられながら、食い入る様に聞いてました。 径15mから18mの竪穴建物4棟のうち、移設・復元された1棟は、西日本最大の大型竪穴建物で高さが12mにもなるとのこと。 この地は川の近くの南向きの高台にあり、魚を捕るのにも便利で、また水害を避けるにもいい土地だったんだろう、と。 それにし

        • 想像力ひろがる中飯降(なかいぶり)遺跡【和歌山・かつらぎ町】

          6月29日(土)ライター部員5名で〔中飯降遺跡〕に行きました。 かつらぎ町教育委員会生涯学習課の副主任文化財専門員、和田大作さんが同行してくださり、資料をいただいて、それを参考にしながら西日本最大級、縄文中期~中世の大型竪穴建物の遺跡を見学しました。 この様な大きな遺跡のすぐそばで詳しい説明を聞きながら見学するのは初めてでした。 石と穴だけの遺跡の情報から、直径15m~18mの竪穴建物で周堤(住居の中に水が入り込まないように住居の廻りに土を盛った構造)をもち、外壁が立ち上が

        縄文時代を楽しむ 中飯降(なかいぶり)遺跡【和歌山・かつらぎ町】

          世界遺産 三谷坂を歩いて③【和歌山・取材記事】

          三谷坂を登り切り、無事、天野の里に到着。花盛祭の渡御行列を見るために、私たちは世界遺産・丹生都比売(にうつひめ)神社まで歩きました。 丹生都比売神社 花盛祭 丹生都比売神社の鳥居をくぐると、境内には参道の両側に色とりどりの花が飾られており、とても華やかな雰囲気でした。 ほどなく始まった渡御行列は、天狗の姿をした道開きの神・猿田彦さまが先頭です。 笛を吹く人、弓や刀を携える人、獅子頭を持つ人、お神輿を引く子どもたち……時代衣装をまとった行列が粛々と進んでゆきます。 この

          世界遺産 三谷坂を歩いて③【和歌山・取材記事】

          世界遺産 三谷坂を歩いて②【和歌山・取材記事】

          丹生酒殿神社から丹生都比売神社へと続く、世界遺産・三谷坂。ここからはうっそうと杉の立ち並ぶ山の中へと入ってゆきます。 涙岩・拝水(おがみみず) 杉木立の中を歩いてゆくと、ほどなく現れるのが大きな平たい涙岩です。かつてはどんな日照りの時でも水が枯れることがなく下流の村々を潤したことから、この名が付いたそうです。 古い時代には、標高の高いこのあたりでも稲作がおこなわれていたとのこと、水田の痕跡らしき石積みをあちらこちらで見ることができました。 ここまでの道々には瀬の水音と

          世界遺産 三谷坂を歩いて②【和歌山・取材記事】

          世界遺産 三谷坂を歩いて①【和歌山・取材記事】

          世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」のひとつとして登録されている三谷坂。かつらぎ町三谷の丹生酒殿(にうさかどの)神社と天野の丹生都比売(にうつひめ)神社を結ぶ、約5.5㎞の急登です。 古い時代、丹生都比売神社の鎮座する天野は聖地とされ、神に仕える者といえども住むことは許されない地でした。神職はふもとの三谷に家を構え、そこから毎日、天野まで山の中を歩いて通っていたとのこと。その道筋が三谷坂なのだと伝えられています。 そんな歴史ある三谷坂を2024年4月半ば、紀州かつらぎ熱中小

          世界遺産 三谷坂を歩いて①【和歌山・取材記事】

          出会いに感謝【和歌山・取材記事】

          高野参詣道の一つ、約5.5キロの「三谷坂」を北岡さんの先導のもと登ってまいりました。 この日、ゴールである丹生都比売神社では花盛祭が行われる予定、わたくし地元でおりながらこのお祭りを拝見したことがありません。後々のお楽しみと思いつつ、いざ出陣! まずはわたくしの住む三谷の氏神様、丹生酒殿神社で安全祈願。 晩秋には黄色の絨毯を敷き詰めたかのような光景が広がり、大銀杏を見るために多くの参拝者が訪れます。 (ちなみに、昨年の銀杏落葉の掃除はわたくしの地区担当で……大雪の中、震えな

          出会いに感謝【和歌山・取材記事】

          風光る三谷坂【和歌山・取材記事】

          4月14日、紀州かつらぎ熱中小学校のライター部有志4名で 世界遺産に登録されている高野参詣道の三谷坂を歩きました。 三谷坂とは、丹生酒殿神社から丹生都比売神社までの、 「三谷の地と天野の神社を結ぶ参詣道で、 高野参詣道の中でも最も古い祈りの道」です。 「天野は聖地とされ神職でさえ住むことが出来ず 三谷の地に住み、毎日歩いて通った」 と言われる道でもあります。 まずは、丹生酒殿神社に道中の安全を祈願し、そこから三谷坂へ。 明るい若葉の揺れる柿畑の中を歩いて行きます。 初夏の

          風光る三谷坂【和歌山・取材記事】

          世界遺産高野参詣道 三谷坂参詣登山レポート【和歌山・取材記事】

           2024年4月14日、約50年ぶりに三谷坂を歩きました。 一番最初に三谷坂を歩いたのは小学生の時。当時の三谷小学校の卒業記念として友人とわいわいはしゃぎながら登ったので、頬切地蔵や笠石などの史跡を見た記憶は全くありません。 しかしながらその後、三谷坂も世界遺産に登録されたこともあり、今回は整備された史跡の説明案内看板を読み、また見慣れた地元の景色を見ながらゆっくり登ることができました。   ただ、昨年6月の集中豪雨の被害により、かなり歩きにくい箇所もありました。 その分

          世界遺産高野参詣道 三谷坂参詣登山レポート【和歌山・取材記事】

          晩秋の高野山

          11月半ば、晩秋の高野山を友人と一緒に訪ねました。もう紅葉は盛りを過ぎているよ、と聞いてはいたのですが、友人は愛染明王さまのおられる金剛三昧院を、私はずっとご無沙汰している清高稲荷大明神を参拝したくて、人出の落ち着いた時期を選んで出かけました。 駐車場に車を停めて歩きはじめると、あちらこちらに残り紅葉が。もうずいぶん散っているため、細かな枝々が透けて見えて、それもまた美しく感じました。 こちらは初めて見た高野槇の松ぼっくり。(槇ぼっくり?) 笠のかたちが見慣れている松ぼっ

          私の秋

          暑い暑い夏から、いきなり冬が来た今日この頃。 紅葉を見に行くことも、秋を楽しむこともなかったなあ、と思って庭に目をやると、 紅葉に朝日が差して綺麗。 アネモネは来年の春の準備をしていて、クリスマスローズには小さな蕾が。そして、空豆からはたくさんの芽。 朝風に吹かれながら、庭すらゆっくりと見ることができなかった、この秋の忙しい日々を改めて思いました。 気持ちの余裕は、色んなことを気づかせてくれますね。 私の秋は気づきの秋となりました。 (ライター部:森田真智子)

          秋つれづれ

          あっという間に11月となりました。 11月8日は長女の誕生日。この日は家から車で15分程の所にある、古民家の洋食店「おとぎ屋」さんで一緒にランチを頂きました。地場産の野菜がたっぷりで、お味噌汁が美味しく大満足でした。 その後、近くにある観心寺に行きました。 まったりとした空気の中、のんびりと散歩ができました。 イチョウは綺麗な黄色に変わっていましたが、モミジはまだ、ちらほら赤くなっている程度。 最近は紅葉の名所でも、時期が遅くなったり、赤くならずに枯れていく葉も多くなって

          かつらぎ町新城を訪ねて② 「新城BASE」のこれから【和歌山】

          「水とみどりの美術館すぎのこ」を後にして、午後からは同じ新城にある「新城BASE」を訪ねました。 「新城BASE」は紀美野町から高野山へと向かう道筋にあり、元JAの倉庫を大きく改装、カフェやキャンプスペース、採れたての高原野菜販売所の拠点として準備中。開業は2024年春の予定です。 「こんにちは!」 収穫したばかりの柿をトラックの荷台いっぱいに積んで、運営を手掛ける戸田農園・戸田真寿(まさとし)さんは「新城BASE」に現れました。 「新城BASE」のはじまり 戸田さんは大

          かつらぎ町新城を訪ねて② 「新城BASE」のこれから【和歌山】

          かつらぎ町新城を訪ねて①「水とみどりの美術館すぎのこ」【和歌山】

          清流が走り山裾には豊かな田が広がる、かつらぎ町新城。9月24日、初秋の晴れた日に「新城地域交流センター」内の「水とみどりの美術館すぎのこ」を訪ねました。 旧新城小学校を新・改築して建てられた「新城地域交流センター」は一見、どこにでもある公民館のようです。ところが一歩足を踏み入れると、洋画や日本画、さまざまな絵画が掛けられた芸術の空間「水とみどりの美術館すぎのこ」に。 運営しておられるのは、紀州かつらぎ熱中小学校教頭の中前光雄(てるお)先生です。独立美術協会や県展で審査員を務

          かつらぎ町新城を訪ねて①「水とみどりの美術館すぎのこ」【和歌山】

          かつらぎ町の万葉歌【和歌山・取材記事】

          4月23日、「笠田万葉サークル」の岡田敬三さん、木村哲也さん、作部屋(さくべや)昌子さんにかつらぎ町で詠まれた万葉歌についてのお話を伺いました。 万葉集には4516首の歌が20巻に分けて収められており、そのうちかつらぎ町の「妹山」「背山」についての歌は15首にも上ります。これは筑波山に次いで多く、富士山よりも1首多く詠まれているそうです。 この日は万葉人になった気持ちで、まずは当時の旅の様子を聞かせていただきました。 万葉人の旅出発地点は時代によって違い、 ・飛鳥の都は現在

          かつらぎ町の万葉歌【和歌山・取材記事】