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かつらぎ町新城を訪ねて①「水とみどりの美術館すぎのこ」【和歌山】

清流が走り山裾には豊かな田が広がる、かつらぎ町新城。9月24日、初秋の晴れた日に「新城地域交流センター」内の「水とみどりの美術館すぎのこ」を訪ねました。


「新城地域交流センター」の前に立つ中前光雄先生。

旧新城小学校を新・改築して建てられた「新城地域交流センター」は一見、どこにでもある公民館のようです。ところが一歩足を踏み入れると、洋画や日本画、さまざまな絵画が掛けられた芸術の空間「水とみどりの美術館すぎのこ」に。
運営しておられるのは、紀州かつらぎ熱中小学校教頭の中前光雄(てるお)先生です。独立美術協会や県展で審査員を務めつつ、先生ご自身も精力的に昆虫をモチーフとした洋画を発表されています。かつらぎ町ではかつらぎ総合文化会館「あじさいホール」を始め、さまざまな場所で中前先生の絵画が展示されています。

「日本画」と「洋画」って?


まず最初に中前先生が教えてくださったのは、日本画と洋画の違いでした。日本画は点と線で描かれており、それを強調して立体感を出しています。
一方、洋画は陰影を強調し、影を作って立体的に見せるそうです。
近年、日本画と洋画の境があいまいになり、日本画でも洋画のように陰影をつけて描かれる作品が増えているのだとか。
そんなお話を伺ってから、まずは日本画が展示されている部屋へ。ほとんどの絵が壁を覆わんばかりの大きな作品です。

日本画の世界に触れて

清水達三 作「篝火(かがりび)」

清水達三 作「篝火(かがりび)」
日本画としてはめずらしいリアルな人物描写に加え、篝火の炎が赤ではなく白銀。華やかな舞妓さんのイメージからはほど遠い雰囲気で、静かな情念のようなものを感じました。
作者はこの舞妓さんに恋をしていたのではないか、と、中前先生。そう伺ってから改めて絵と向き合えば、秘められたままの思いが今も絵の中に息づいている、そんな気がしました。


清水薫 作「百色眼鏡」


清水達三さんには娘さんがおり、彼女もまた日本画家です。
清水薫 作「百色眼鏡」
手を取り合っているのは幼い頃の自分。ずっと目を逸らしてきた自我と向き合い、本当の意味での自分自身を取り戻した女性の姿なのではないか、と感じた絵です。心の内側を表しているような淡く複雑な色遣いに、私はとても惹かれました。

洋画の世界へ


日本画の次は、洋画の展示室へ。日本画の抑えた色調と比べて、こちらでは彩り豊かな絵が掛けられています。


高松和樹 作「監視シニ来マシタ」


高松和樹 作「監視シニ来マシタ」
モノトーンで描かれた独特の世界観。流れる水のような曲線に燭台や伽藍、天岩戸(あまのいわと)伝説を思わせる鶏が重なり、他方では林立するビルも描かれています。古い時代から現代まで、私たち日本人は何者かに監視されている?そんな不穏な空気を感じました。
高松和樹さんは世界的に高い評価を得ている方で、作品そのものがなかなか入手できないほどの人気だそうです。


佐原光(あきら)作「吉野桜遠望」

佐原光(あきら)作「吉野桜遠望」
山そのものが満開の桜で満たされる春の吉野。その風景を写し取った作品です。吉野の桜は同一品種ではなく、さまざまな種類の桜がそれぞれの色を持って花開きます。木々の新芽も色を添え、まるで交響楽のような春の風景です。
佐原光さんは中前先生の恩師だとのこと。ご一緒に吉野へスケッチに行った際、この風景を見て「初恋の人に出会ったような気持ち」だと言われたそうです。


中前光雄 作「共生21(継がれていく)」

中前光雄 作「共生21(継がれていく)」
中央に描かれた琥珀と力強く飛ぶヤンマ、はかなげなカゲロウも、のびのびと自由を満喫しています。天からの光が琥珀を照らし、この空間を祝福しているかのようです。
けれど、私にはかすかな不安を抱いてしまう絵でもありました。虫たちが豊かに飛び回る風景はこれからもずっと続いてゆくのかどうか……。上空にかかる月が満ち欠けを繰り返してゆく時間の果てには、どんな未来が待っているのか……。
ヒトの都合だけでたやすく壊されてしまう自然。地球温暖化の影響もダイレクトに受けてしまうのは昆虫などの小さな生き物たちです。楽園のような中前先生の絵を見ながら、却って未来への不安を感じてしまいました。

「昆虫のいなくなった世界では、人類も滅んでいるはず」。この絵の前で中前先生はそうおっしゃいました。
昆虫と子どもはずっと先生の絵画のモチーフとなっているそうですが、この絵では紙風船で子どもを表現されているとのこと。確かにまだ世の中のしがらみとは無縁の子どもは紙風船のように身軽です。そして、外部の力によって、いとも簡単に潰されてしまうところも同じです。
最近、仕上げられた中前先生の絵はウクライナの現状を表しており、崩れた琥珀のまわりに傷ついた青と黄色の紙風船が浮かんでいるそうです。

絵画の意味


中前先生にとって絵は日記のようなものだそうです。自分の生き様を表すものでもあり、今の世の中の現実を自分の感性で表すものでもあるとのこと。
絵画は技術的な上手下手よりも、自分の伝えたいことをどう表現するかが一番大切なのだと先生は考えています。

中前先生が「表現すること」の例として挙げたのが、二十歳代から八十歳代に至るまで一貫して釘を4本打ち付けただけの作品を発表している芸術家です。約60年に渡る年月、たった4本の釘を打ち続けることは、おそらく常人にはできません。が、彼にとってはこれこそが唯一の自己表現。最初は誰からも見向きもされなかった作品が、今では4千万円の価値が付けられる芸術として認められているとのことです。

もう一つ、先生が例に挙げたのがムンク。現在、ムンクの「叫び」には96億円の価値が付けられています。でも、名画だからとこの絵を自分の部屋に飾ったりすれば……おそらく気が狂いそうになります。この絵には思想がしっかりと入っているため、見る人にも影響を及ぼす力があるのだということです。


中前光雄 作「明日への想い(スペイン)」

文学と同様、絵画にはこれまでの生き方が反映されてくるため、中前先生は「人生をできるだけ面白く」、そう考えて日々を過ごされているそうです。
「芸術とはまわりの皆が喜ぶものではなく、自分の内なるものを表現すること」
そう中前先生は語ってくださいました。

画家になった経緯


「水とみどりの美術館すぎのこ」を運営し、絵画について造詣の深い中前先生。でも、もともとは美術ではなく体育の教師で、剣道や空手など武道の有段者です。
中学時代からずっと絵を描くことも好きで、教師になってからは生徒たちとスケッチするのが一番の楽しみだったとのこと。
体育教師をしながら、ずっと絵も描き続けていましたが、
「あの先生は暇な人だ。絵を描く時間があるのだから」
などと中傷されることもあったため、公にはしていなかったそうです。

ところが38歳の時、絵の師匠である佐原光(あきら)さんに本格的に絵画と向き合うことを勧められ、それから19年目にして東京の独立展で新人賞を獲得。東京芸大の教授からも一目置かれる存在となります。
そして学校長に就任した年、独立美術協会の2500点もの絵の中から一席に選ばれ、以来、独立展や県展などでの審査員を務めるようになり、現在に至っているということです。

取材を終えて


一年前、初めてかつらぎ熱中小学校の授業に出席した日、中前先生から、
「ぜひ絵を見に来てください」
とお声かけをいただきました。
そして最初は今年3月、「水とみどりの美術館すぎのこ」を訪問させていただく機会があったのですが、こんなにたくさんの素晴らしい作品が並べられていることに驚きました。そのすべてが中前先生のご縁の繋がりで集められていることを知り、多くの画家の信頼を得ておられることにも感嘆しました。
画家にとって大事なことは、有名になることや作品が高価格で取引されることだけではなく、自分の表現を受け取ってもらうこと、落ち着いてゆっくりと鑑賞してもらえる場を得ることが大切なのだとも気付きました。

今回、中前先生は絵画を一枚ずつ、丁寧に読み解いて話してくださいました。自分で見ていただけでは気付かなかったことや作者が絵に込めた思いなども伺うことができ、多くのものを受け取ることができたと感じています。

この記事でご紹介できたのは、多くの展示作品の中のほんの一部です。ぜひ「水とみどりの美術館すぎのこ」に足をお運びいただき、絵画の持つ力を体感していただきたいと思います。

中前先生、お忙しい中、お時間を作ってくださり、貴重なお話をどうもありがとうございました。
(ライター部 大北美年)


ライター部員の思い

引き込まれてゆく絵画

9月24日、和歌山県伊都郡かつらぎ町新城にある 「水とみどりの美術館すぎのこ」にライター部で取材に行きました。ここは小学校の廃校を利用した美術館です。山に囲まれ、校舎の下には小川が流れています。天気も良く、のんびりと美術鑑賞ができました。

展示室は日本画と洋画の2室に分かれていて、奥の教室の日本画から鑑賞しました。紀州かつらぎ熱中小学校教頭の中前先生が、それぞれの絵について解説して下さいました。先生の豊富な知識を解りやすく説明して頂き、また先生の話される間合いが面白く、楽しく聞かせて頂きました。

権藤信隆 作「明日」(撮影・大崎美恵子)

洋画の権藤信隆さんの「明日」は 十字架にはりつけにされた人の人体を解剖して、内臓ではなくゼンマイ時計のようなものを描いている作品です。これを見ていると、中学の美術の教科書に載っていたサルバドール・ダリの「キリン」を思い出します。それはキリンのクビや足から、引き出しが出ている作品でした。 このような抽象画には作者の強いメッセージがあるのでしょうが、私には余り感じられませんでした。
しかし、いつまでも記憶に残ります。 


増田淑子 作「サバンナの風」(撮影・大崎美恵子)

日本画の増田淑子さんの「サバンナの風」は、アフリカの大地に立つ黒人の女性を画面いっぱいに描いた作品です。 自然に鍛えられた抜群のスタイルに民族衣装がさりげなく描かれています。女性の瞳には厳しい自然の中で生き抜いてきた自信と力強さが感じられ、私も絵の中に引き込まれて行きます。 背景の牛たちは今にも動き出しそうで、 とても好きになった作品です。

「水とみどりの美術館すぎのこ」は 小さな美術館ですが、50号から200号を超える大作が多く、芸術性の高い作品ばかりだと思いました。 是非一度訪れて、鑑賞される事をおすすめします。 中前先生、どうもありがとう御座いました。
(ライター部 大崎 美恵子)


「水とみどりの美術館すぎのこ」での学び

紀州かつらぎ熱中小学校の教頭先生が 監修されている新城の、「水とみどりの美術館すぎのこ」をライター部の方と取材させていただきました。 山の上にある廃校になった小学校が新城地域交流センターとなっており、そこにたくさんの大きな絵画、彫刻が展示されています。 
朝ののどかな時間が流れる中、丁寧に手入れをされている管理人さん、犬を連れて散歩にこられたご近所の方、また三人ほど連れ立って遊びにきた地元の小学生たち……地域のみなさんに愛されてる場所なのだと感じました。

須藤美保 作「香華幻奏」

「水とみどりの美術館すぎのこ」では絵画の大作をガードなしに間近で見ることができます。繊細な筆致、色遣いが生き生きと感じられ、作者の息吹までが聴こえてくるようです。
中前教頭先生が、一つひとつ詳しく絵の説明をしてくださったのですが、「なるほど、そう言う意図があるのか」と大変勉強になりました。
作家のこと、時代背景、事象などなど、それらのことを考えると、絵画からはいろんなメッセージが発信されているのだと言うことを学びました。
(ライター部 貞廣清美)


人生のキャンバス

我が紀州かつらぎ熱中小学校・中前光雄教頭先生の絵画が展示されている「水とみどりの美術館すぎのこ」へおじゃましてきました。
高野山麓、かつらぎ町新城の廃校になった小学校を改築し、子供たちが少なくなり寂しくなった自分たちの村に誇れるものを作りたいと、また卒業した子どもたちが帰ってくる場所として、新城地域交流センターを設立。その中に中前教頭先生監修のギャラリー、「水とみどりの美術館すぎのこ」がありました。

素晴らしいギャラリーにはふだん目にすることのできない現代作家の大作が常設展示されており驚きました。

絵心のわからない私でも、中前先生の解説を聞き、その画家の方々の心の中に入り込むような錯覚を覚えながら、食い入るように鑑賞していました。
目の前まで近づいて見入ることが出来、直接手で触れること(触れてはいかんか“)が出来るのがこの美術館の醍醐味です。

清水達三 作「篝火」(撮影・池田亜矢子)

和歌山県生まれ。日本芸術院賞・恩賜賞を受賞し、日本芸術院会員であった、今は亡き日本画家・清水達三さんの「篝火」。
いつもは日本人形のようなお顔の舞妓を描かれていたとのことですが、この展示作品はなぜかリアルな表情と遠くを見ているまなざし。そして燃え上がる篝火の炎はなぜか白い。
教頭先生は「おそらく清水先生はこの舞妓さんに惚れていたのだと思う。内なる思いをぐっと胸の中にしまい込んで描いたのではないか」と。

その解説を聞きながら、私はこの舞妓さんの柔らかな身のこなしとはうらはらな、キリッとまっすぐなまなざしから、彼女のゆるぎない心が窺え、また白い炎は情熱的な赤い炎とは違い内的な情熱、純粋な力で日々生きてほしいと願った画家の思いがこめられているように感じました。

絵画というものは、技術的には下手でも自分の思っていることをしっかり描くのがいい、見かけを大切にする美術ではなく自分の生き様、感動した思いを表現することが大切と教頭先生はおっしゃいました。

還暦を迎えたわたくし、残された人生のキャンバスは彩り深く自由に描いてみようと思っています。
(ライター部 池田 亜矢子)


中前先生の意欲とパワー 

2023年9月24日、残暑がまだ続いてましたが日陰に入ると秋を感じる、かつらぎ町新城「水とみどりの美術館すぎのこ」にライター部6人で行ってきました。
 絵画には詳しくないのですが、美術館で鑑賞することは好きなので、「水とみどりの美術館すぎのこ」はとても楽しみでした。

美術館に到着すると中前教頭先生のお出迎えを受け、早速常設展示されているギャラリーに案内して頂きました。
まず、日本画は点と線、洋画は光と陰であり、 日本の浮世絵に西洋が驚き、ゴッホなどの著名な画家が真似をしたというお話をお聞きしました。

清水達三 作「篝火」(撮影・森田真智子)

日本画ギャラリーの正面には和歌山県を代表する画家、清水達三さんの舞妓さんの絵画が掛けられており、それが目に入ってきました。とてもリアルな絵に、何か素敵なストーリーがあるのではないかな、と、思いが巡ります。

清水先生の両脇には南口みどりさんの絵画と、清水先生の娘さんの清水薫さんの絵画が展示されています。

南口みどり 作「無人駅」(撮影・森田真智子)
清水薫 作「百色眼鏡」(撮影・森田真智子)

清水先生のお弟子さんである増田淑子さんの「サバンナの風」は目の鋭さがすごく印象的でした。

増田淑子 作「サバンナの風」(撮影・森田真智子)

その他にも現代作家の大作が所狭しと並んでいます。
そして中前光雄先生のとても大きい作品に目を見張りました。

中前光雄 作「共生21(継がれていく)」

中前先生は、下手でも自分の思ってる事を描くこと、見かけを大切にすることではなく感動した事、その時代にやりたい事などをこれからも描いていきたい、とおっしゃいました。
中前先生の意欲とパワーに圧倒されましたが、これらはとても大事なことなのだと感じました。
(ライター部 森田真智子)


かつらぎ町新城にある「水とみどりの美術館すぎのこ」、いかがでしたでしょうか。
最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。


「水とみどりの美術館すぎのこ」
住所:〒640-1481
   和歌山県伊都郡かつらぎ町新城243
電話:090-4301-0639
来館の際には、あらかじめお問い合わせされることをおすすめします。

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