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才能不要論 現世と常世 邪道作家編

当たり前だ。いる筈がない。

必要なのはむしろ、要領の良さとか金であって、才能そのものは不要である。
第一、天才なんぞ雇った方が早いだろう?

ちなみに執筆に才能は文字通りに必要ない••••••そんな事より私の今までの記事もそうだが、どうも美少女剣道小町キャラが出てくるとか、そういう受けの良さだけが肝要だ。

なので、邪道作家は美少女という事になった。ついでに剣道小町にしておこう。
スタイルは読者次第だ。その方が唆るだろう?

幼少期には才能どころかあらゆる迫害の限りを受け尽くし、物心付いた時の趣味と言えばウイニングポスト2の競馬だった。なので私の幼少期の思い出は暴力の嵐に痛めつけられつつも、人生こんなものだとG1レースを眺めていた。

それが作家の才能なら、才能など要らん。

仮に作家である事に「才能」などというものがあるとすれば、少なくとも執筆力に関して言うなら奇特な経験は必要だろう———ありきたりな人生から得られるものは、ありきたりな語り口と内面だけだ。

なので、何を書くにせよ、執筆の才能など求めるな。
ありきたりでない何かを書く、という時点でロクな人生ではない。それより才能を要領良く「使う」事こそが大切であって、何であれ実体は不要である。

才能を買って、己がやった事にすればいい。

それこそ執筆であれば私に依頼した方が早い。札束をくれれば依頼人が書いた、という体で何でも執筆しようではないか。私は天才では無いが、何故か文章力なんぞを求める人間は多いからな。

思うに、無い方が人生得だぞ。

必要なのは、いつでも「金」だ。少なくとも、この世においては••••••逆に死に近づいた人間とも多く知り合ったのだが、その場合は「栄誉」を求めるか、生き甲斐だけが人生らしい。

面倒な奴らだ。どちらか片方で良いだろうに。

あの世なんてあるか知らないが、仮にあったところで地獄の沙汰も金次第だ。
少なくとも私は後悔しない。生きていようが死んでいようが、才能だの社会的成功だのあれこれに振り回された事はないからだ。

ロクな人生を送らなかった分、その辺りだけは学習した。

金に執着はしない。ただ、金が第一の作家道だと、それが邪道作家だと信じ抜いた以上、あの世があろうが通貨が無かろうが在り方だけは変えないだけだ。思うに、そういった在り方が無いまま人生を終えるから後悔する。

現世での成功なんぞ、文字通り「一瞬」だ。

豊臣秀吉ではないが、成功だの失敗だのもとどのつまり「人間社会の枠内」であり社会でそうあれかしと定められている規則に過ぎない。砂場遊びと大して変わらず執着してもいずれは消える。

いい大人なのに、何故それを理解しないのか不思議だ。
とはいえ、金を求める発想はわからないでもない。だが、人と人を比べ合うだとか才能の有る無しなんぞ、脳内にだけ沸いた妄想の如きハリボテだ。

本人が、そう思っているだけに過ぎない。

能力が何であれ、己自身の自負こそが必要なのだ。言ってはなんだが能力差を気にするより前に自負の一つも持てずにいれば、どれだけ才能を後付けしても頂点にだけは立てはしない。

第一、能力差なんぞ流行りで変わる。

何が高いか、そもいい加減な世の中だからな!! 真面目に考えるだけ無駄だ。
なので、求めるなら才能の管理や運営であって、悩みとすらも言えないだろう。


簡単な話、最後にこれだけを覚えておけ!!

認められない、のではない。認める能力も無い、凡俗のカスどもが悪いのだと。
この圧倒的に優れた己を、自身のやり遂げた成果を認める事も出来ないなんてと。

価値観なんぞいい加減な世の中なのだから、ただ己の成果を信じればいい。
漫画でも小説でも功績でも何でもいい。とにかく己を疑うな。

連中があれこれ綺麗事をほざいたところで、貴様らの人生に責任を負うことだけはありはしない!! そんな連中の言い分を信じるな!!!

これでもシリーズ完結まで書き切った邪道作家だ。読者よりものを知っている。

故に言う。問題ない!! 強いて言えば、己の汗と信じた思想。

それだけは、何があっても裏切るな!!
であれば、無念はあれど後悔だけはしないだろうよ。


実際にやった「私」が言うんだ、間違いない!!!

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