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「翼たちの楽園」(SFショートショート)

 あらすじ
 時は、未来。地球の宇宙探査船が、未知の惑星に到達するが……。


 私の乗った宇宙探査船『イブン・バトゥータ』は、目的の惑星付近にワープアウトした。
 眼前の、銀貨をばらまいたような永遠の星空に、青く美しい宝石が浮かんでいる。
 惑星の周囲には人工衛星やスペースコロニーなどの建造物や、スペースデブリの姿はない。電波も地上から発信されていなかった。知的生命がいたとしても、地球で言えば19世紀以前の文明レベルにとどまっているのだろう。
 イブン・バトゥータは銀河系内で生命がいると思われる惑星を1つ1つ探査して、その実態を調べるのが任務である。
 私は探査用のドローンを、マイクロ・ワープで惑星の大気圏内に送りこんだ。ドローンから送られてきたデータは素晴らしいものだった。
 大気の成分や重力はあまり地球と変わらず、コバルトブルーの澄みきった大海には、魚の群れが泳いでいる。クジラやイルカのような生き物もいた。地上の光景も素晴らしい。樹々の生い茂るジャングルや、どこまでも広がる草原。
 この惑星は、赤道よりやや南側に大陸が1つあるだけだった。後は細かい島々が浮かんでいる。地上では様々な形状の鳥たちが空を飛んでいた。蝶や蜂に似た昆虫の姿もある。私はすっかり美しい自然に魅了されていた。
 それは他の者達も同様らしく、香水のような感嘆のため息がこぼれたり、ブリッジのあちらこちらから夢のような景色を讃える声が、さざなみのようにあがっている。
 地球にもかつてはこんな光景があったのだろう。が、砂漠化の進む私達の母星の地上には、もはやこんな情景はない。
「何かおかしいと思わないか」
 私は探査船の操縦室にいる乗員達に聞いてみた。広々とした操縦室内には、船長の私も含めて10人の乗員がいる。
「何がです」
 副船長のクレアが尋ねた。見事な金髪の白人女性だ。さっきまでうっとりしていた青い目が、怪訝そうにこちらを見る。
「こんなに豊かな自然に恵まれているっていうのに、鳥や昆虫はたくさんいても、地上を歩く動物がいないじゃないか」
 私の言葉に反応して、クレアがホログラムを視直した。
「確かに。あんな広大な草原があるのに、地上にはまるで動物がいませんね。鳥だとか、蝿や蝶や蜻蛉や蜂に似た昆虫は飛んでいるのに」
「ジャングルの中に入れば、他の動物も見つかるかもしれないな。調査用のロボットを一体マイクロワープさせよう」
 私はクレアに指示を出す。身長150センチの二足歩行型ロボットが、密林の中にワープアウトした。ロボットの姿は一応人間を模してはいる。頭部の前面にはビデオカメラが装着され、両脇には1つずつ集音マイクがついている。
カメラレンズの下にはスピーカーがあり、危険を感じた時は大きな音を出して、相手を脅かすのも可能だった。
 全体に角のない丸っこいフォルムをしている。全身が銀色の特殊合金でできていた。その両脚はボディの両脇から突き出している。両脚の先には四方に平たくて大きな爪の伸びた足が1つずつついている。
 この足で、異星のアマゾンの草むらの中を一歩一歩しっかりと、踏みしめながら歩くのだ。こういった自然環境で効率的に動けるよう開発された機体である。
 鬱蒼と生い茂る樹々の楽園は静かであった。時折鳥や、羽をつけた虫達が飛んでいるのを見かけるが、やはり地上には動物たちの姿はない。途中で大きな河があった。魚の姿を見かけたが、水辺に例えばワニのような爬虫類や、両生類の姿はない。
 やがてロボットのカメラアイは、無数にひしめく枝の彼方に、驚くような物をとらえた。それは巨大な建造物だ。地球で20世紀から21世紀にかけて造られたような高層ビルが現れたのだった。しかしそれは廃墟である。窓ガラスは割れ、あるビルはピサの斜塔よろしく傾き、ある建物は横倒しになり、無残な姿をさらしていた。
 外壁には大小たくさんのひび割れが走り、途中で折れた鉄骨が飛びでている。その外壁をツタのような植物がびっしりと覆っていた。恐らく廃墟になってから少なくとも数百年は経過してるだろう。
 その時である。突然ロボットの足元が爆発した。左脚が吹っとんで、炎と煙があがったのだ。爆発音が集音マイクを通じて宇宙船の操縦室内に響き渡った。
「応援のロボットを転送させよう」
 私はクレアに命令した。最初に送りこんだのと同型の機が、船内のマイクロ・ワープ装置から転送され、密林の中に実体化する。その後の調査でわかったのだが、爆破の原因は地雷によるものだった。
 この惑星の地中にはびっしりと地雷が埋められていたのである。遺跡の発掘調査の結果、この星にはかつて地球の20世紀レベルまで科学技術を進歩させた人類がいた。
 かれらは地球人と違い宇宙にロケットを打ち上げるまでには至らずたった1つの大陸で2つの種族に別れ、飽くなき戦争を繰り返していた。そして地面のそこいらじゅうに地雷を敷設したのである。
 どうやらかれらは戦争の果てに絶滅したようである。びっしり埋められた地雷のために地上を歩く動物達も絶滅したらしい。かくして鳥や、羽のついた虫達だけが生き残り、この惑星は翼たちの楽園となったのだ。

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