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死者と生者の行き合うところ

最近「#怪談」「#怖い話」などのハッシュタグをよく見かけるなと思い確認すると、いくつかの地方ではもうお盆過ぎ。

私の暮らす地域でも盆踊り大会が相次いで開催され、先週末は近所の公園にやぐらや屋台が所狭しと並びました。


この公園は私の住むマンションのすぐ裏手のため、家の中でも外とほとんど変わらぬ臨場感です。
窓とカーテンを全て閉め切り、ワーグナーのオペラを大音量で響かせでもしない限り、聞こえてくるざわめきには対抗できそうもありません。

それならばもういっそと、家中の窓という窓を開け放ち、風や音をいっぱいに入れて、夜の時間を過ごすことにしました。


そうして、食事の際にも続々と流れてくる日本各地の音頭や民謡に耳を傾けていたのですが、不思議なことにそれらの合間に、なぜか全く違うテイストの曲が混じっています。

それもよくある最近のヒット曲ではなく、1960年〜70年代に世界中で爆発的な人気を誇った、モータウン・レーベルの名曲たちなのです。


私はこの年代の洋楽が大好きですし、多少の音割れがあるとはいえ、屋外スピーカーの大音量でR&Bが聴けるとは何たる至福。むしろこっちで踊りたいくらいだ、などと思うものの、やはりそれなりの違和感はいなめません。

だって、炭坑節が途切れたかと思えばシュプリームスが、河内音頭の後にマーヴィン・ゲイが、ハワイ音頭に続いてスティービー・ワンダーが歌い出すのですから。


これはもう、運営側の誰かが個人的な趣味を爆発させているとしか考えられず、一体どんな人なのか、他から抗議の声が出ないのか、そんなことはさておきぜひ友達になりたい、などの思いが浮かびます。

けれどもそれすら取るに足りないことのようにお祭りは賑やかで、途切れることない日本的サウンドとR&Bのサンドイッチに聞き入りながら、これもまた良いのでは、という気がしてきます。これぞ日本的おおらかさ、という感じで。



冒頭で話題にした怪談といえば、作家ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の作品が有名ですが、この人は紀行文『知られぬ日本の面影』(1894年)で一章すべてを盆踊りの記述に割いたほど、日本のこの伝統文化を愛しました。

そのきっかけは八雲が松江へおもむく途中、島根県の山中で偶然に行き合った祭礼です。

静かで、明るくて、ヨーロッパの夜よりも広大な印象〉の月夜に、古い山寺の境内で、集落の人々が集まり儀式のように興じられる盆踊りの様子を、八雲は感嘆と称賛を込めて描いています。

その文章はといえば、世界中で書かれた散文のうち最も美しいのではと思えるほどで、八雲が魅入られた幻想的な盆踊りの風景に、読み進むうちこちらも引き込まれます。


手拍子のほかは音楽もない、この不思議な踊りは
膝のあたりにぴったりとまついつく美しい日本の着物を着た、小鳥のように軽やかに身の平行をとっている踊り手たちが、いつの間にか、月光に照らされた境内一杯に広がる大きな輪になって、声もなく眺め入る人々のまわりをめぐる
ものです。

踊り手たちが滑るような足取りで列を進める、その様子はといえば
無数の白い手が掌を上へ下へと向けながら波打つのに合わせて、妖精の羽のような袖がほのかに浮き上がり本物の翼のような影を落としている。それらの動きをみていると、まるで催眠術にでもかかったような感じがしてくる


周囲でそれを見守る者は口さえきかず、聞こえるのは衣擦れと草履の音、虫の声のみ。
闇夜にゆらめく踊り手たちの輪の背景には古い墓地が広がり、提灯の灯りがぼんやりとほの白い光を投げかける。

八雲もまた、声もなくその場に立ち尽くしながら、そこは神代の世界であり、自分は太古の光景、〈夢幻の世界の踊り〉を目にしているのだと考えます。

そして無言の踊りはやがてほとばしり出るような節のやり取り、歌に次ぐ歌へと転じ、十二時の鐘の音でもって唐突に幕を閉じます。


宿に戻ってもとうてい寝付けぬ八雲は、今しがた目にした光景に思いを馳せます。

そして
あの絶妙な間合と、断続的に歌われた盆踊りの唄の調べを思い出すことは難しい。それは、鳥の流れるようなさえずりを、記憶の中に留めておけないのと同じである
と断じつつ
西洋の歌とはまったく異なる、原始的な唄が呼び起こす感情は、いったいどう説明すればいいのであろう
その何ともいえない魅力は、いつまでも私の心から消え去らないのである
と結びます。


八雲が感応した盆踊りの神秘性は、賑やかな夜市と人々のさんざめく声、所々にモータウン・サウンドの差し挟まれる我が街のお祭りにはありませんが、それでも“死者と生者が交わり共振する場”であるといわれる盆踊りの真髄は、消えずにどこかに残っている気がします。

だからこそ多くの人が、無意識のうちに浮き立つ足や心を、そちらへ向けてしまうのでしょうから。

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