CHAPTER1.独立

かつてとあるフレンチレストランの門を叩いた。ベタな話だが当時の夢にケジメをつけ第二の人生としてリスタートを切ったのだ。

Restaurant Aberarat(レストランアベレート)。そこは世界的な評価基準で格付けられたこともあるフランス人シェフの店ということもあって志の高い猛者ばかりが彼を慕い集っていた。未経験ではなかったけど敵うはずもなく、やはり僕は一番出来ない奴だった。人の倍は失敗していたが、知らないことだらけでへこたれている暇もなかった。
そんな泥臭い日々が一年も過ぎた頃、少しずつ認められるようになりやがてスーシェフに抜擢される。

修業時代と言われて思い出すのはアベレートで過ごした日々だろう。すでに懐かしく思う。あれから研鑽も兼ねて数店舗渡り歩いたが、どこにいっても刺激が足りなく、つまらなく感じた。
所謂いい環境だったのだ。
どこで働くかよりどう働くか、これからは自分が築いていく番なのだろう。アベレートにいたままではきっと気付けなかった。

そして今、
僕は理想とは程遠いレストランに身を置いていた。現実とは残酷なものだ。旧態依然の体制、周りの現行維持な技術や知識、非合理的なオペレーション、コネ入社勢の役職だけのマウント合戦に辟易していた。

ここでも二番手のポジションには付いていた。上長は料理人というよりただの会社の上司といった印象が強い。気が付いたことは忖度なく進言はしてきたが、一人で藻掻くほどバランスを崩して自分を見失いそうになっていた。

アベレートで盗んだ技や知識、チーム全員の熱量、シェフから授かったロジックを過去の栄光として錆びつかせていた。

さらに世はコロナ禍。
自粛や時短営業で考える時間が必然と増えた。もうここに長居する気はなく、次のステップに進みたい、長年溜め込んできたアイデアをアウトプットする場所が欲しいという想いが増していった。

また違う店に移るか?
店や会社探しから人間関係構築してそこのローカルルールを覚えて、全員納得させて地位を確立してようやく自分のフィールドを作っていかなくてはいけない。またあれを繰り返すと思うと正直しんどい。

さては、もう自分で店を作ったほうが早いのでは?

業種経験はある。経営や管理、メニュー開発などの営業ノウハウの不安はない。漠然と自分の店を持ちたいイメージは組み上げていたとはいえ、ずっと雇われだったので開業のための知識は乏しい、物件、人脈すべてが未知だが、そこはやっていくうちにクリアしていけるだろう。
しかし肝心の自己資金は貯めていない。
このままではネットによくある「資金ゼロからの飲食店開業!」などの魅惑の文言に唆されてしまうだろう。実際に飲食店開業にかかる費用はおよそ一千万円程度だと言われている。

今の職場で目標金額までコツコツ貯めるのが堅実だろう。街中に溢れる飲食店の創業者達がそれを当たり前にやってきて今日がある。
何者でもない自分がそのステップを省略できるはずもない。

現実的にはまあ無理だろう。

そして

僕は仕事をやめた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?