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明石元二郎の諜報飯002

002 プリャーニクとザクースキ


 身なりだとかどうでもいい、面倒なことは嫌いだ。
 ただただ、目の前に見えるもの、直接手で触れるもの、そして心で感じるものは大事にしたい。
 昨日がどんな一日だっても、朝起きて机の前の壁に貼った美しい絵葉書の前に座ると心がまっさらになるのだ。

「ふ…んがぁーあ……」
 早朝から書いていた山懸有朋への報告書を書き終えて、ぐっと背伸びをしあくびをする。
すこし仮眠したいところだったが、今日は昼から我が家で秘密会議だった。
 気の利いた隠し部屋でもあればよかったが、我が城はこのあたりで一番安くて古いボロ部屋だ。とは言え、ひとりこもって本を読んだり詩を書いたりするには、すごく良い。良い意味で小汚い感じがよかった。
 軍は最初もっと良い部屋をよこしたが、諜報員の俺が豪華絢爛な家から出てくるわけもいかないだろう。それに、質素な生活のほうが僕には合っている。どんなに綺麗な部屋もどうせ散らかしてしまうのだし。
 例の世話係のばあさんに朝の掃除洗濯だけ済ませて早々に帰ってもらうおうとすると、早く帰らされた分給料がへってるんじゃないかと何回も手のひらのコインを確認していた。
「いつもと一緒だよ」と言うと、今日は無言で部屋を出て行った。
俺の周りの連中は『そんな強欲で怪しげなばあさんやめさせて、若くて素直な女の子でも雇え』としきりにすすめた。
けれど、僕には年老いた彼女の方が生活に困っているように思えるし、暮らしの雑務をさせるのも、僕の代わりに勝手に情報収集してくれるところも(どこの国でも年寄りは井戸端会議が好きなのだ)このばあさんの方が適役に思えた。
「それに、自分よりも若い女性一人に、身の回りの世話をさせるというのも何だか気が引けるんだよなあ…」
タバコの煙を吐くと同時にそうつぶやくと、扉をたたく音がした。
「明石さん、自分です。上田です」
「ああ、今、開ける」
一応少し用心しながら扉を開くと、待ち合わせていた留学生の上田くんが立っていた。彼は僕よりも三つ歳下の留学生だった。
「全く、相変わらず自分のことには無頓着ですね。シャツ、肩のところやぶれてますよ?自分の着てないやつ、持ってきましょうか?」
 どうしてみんな僕の身なりを気にするのだろう。すごく不思議に思う。
「ああ、ありがとう」僕はとりあえずそう答えた。
「まったく、もっときちんとしてたら女性にだってモテるでしょうに。もったいない」
「俺には妻の国子がいるし、そういうのは伊藤さんの専売特許だ。僕はいいよ」
 伊藤さんというのは、伊藤博文のことだった。
上田仙太郎―彼は民間人であったが、彼の通うサンクトペテルブルグの大学にいる活動家たちの情報を流してもらっていた。それとまだ実践的でなかったロシア語の勉強の相手もしてもらっている。

「どうだった、例の党派のやつらは」
「明石さんが言ってた彼らの溜まり場に行ってみたんですけど…。過激な雰囲気はありますが、ただの乱暴者ではないって言うか…たぶん、仕切ってるやつが相当頭が切れるのでしょうね。
その溜まり場の飲み屋には一見の体で入ったので、長くはいなかったんですけど、常連を装ってまた情報聞き出してみますよ」
友達と長い時間話をするからと、用意してもらったサモワールで湯を沸かしお茶を淹れる。ばあさんが茶菓子も用意してくれた。無愛想で強欲でもへんに気が利く、彼女のそういうところも僕はいいと思っていた。
 その茶菓子は長方形で、まくらのような形をしている。表面は蜜でコーティングされている。見た目も石のようだがフォークでつつくと、カチカチとその硬さがさきっぽに伝わってきた。
「プリャーニクですね。自分、これ大好物です。下宿先のおかみさんが差し入れでたまに持ってきてくれるんです」
そう言いながら両手のひらくらいの大きさのそれを、上田くんがナイフで半分に割ってくれた。手でも割れそうだが、きっと気を使ってくれたのだろう。
半分に割られたプリャーニクを手に取ってみる。
「つるつるしてて、陶器みたいだ」
僕がじいっとそれを見つめる横で、上田くんはうまそうにもそもそとそれを食べている。サクっとか、パキって感じじゃないのか。“もそっ”だ。
―へえ…。
表面は刻印のように何かの模様が書かれている。ロシア語と、それから紋章のようなシンメトリーのデザインが入っている。見慣れない記号のような文字のせいもあるかもしれないが、壁に飾ってあってもおかしくないくらい、しっかりとした美しいデザインだ。何か伝統的な意味があるのだろう。
―この大きさなら、かぶりついた方が早そうだな…。
そう思い迷わず手にとり、そのままパンのようにかじってみた。
カツッ。
糖蜜でコーティングされた表面に歯があたり、そこからじわじわとゆっくり、中まで歯ごたえが届いていく。何回か咀嚼を繰り返すうちにすこしずつ舌に甘みが広がっていく。
「甘い…」
思わず口に出すほどものすごく、甘かった。でも、砂糖だけの甘さじゃない。果物の酸味も少し感じる。そして、肉桂を使っているのか、とてもよい香りがする。もっとよく噛むと、くるみか松の実か、細かく砕かれたナッツの歯ごたえと味がした。
こういうもそもそとした菓子は食べ進めるとどうしても口の中が乾いてくる。紅茶を口に含むと、肉桂とはちみつの甘さが紅茶の渋みと一緒に鼻の奥から抜けていく。口の中の粉っぽい感じがなくなると、またもう一口食べたくなった。
八角、棗、生姜……。
とにかく、香りがいい。日本ではこんなにたくさんの種類のスパイスは手に入らないだろう。上田くんはにこにこしながら、プリャーニクと紅茶を交互に口に運んでいる。俺も今日集まった本来の理由を忘れてしまうくらい、これを味わうことに熱中してしまった。
ロシア料理はシンプルなものとばかり思っていたけれど、こういう複雑な味わいのものもあるのだ。色々な民族が混ざり合って国が作られて来た恩恵のひとつなのかもしれない。
「ああ、すみません。すっかり、食べるのに夢中になって。今日の勉強始めましょう。それと、最近のサンクトペテルブルグの様子と…」
上田くんが急に背筋を伸ばして言い、皿に食べかけのプリャーニクを切なそうに戻した。
「好きに食ってくれ。ここは学校でも軍でもないんだから」
「いいですか?」
上田くんは気まずそうに笑いながらまた皿に手を伸ばし、小さく砕きながら大事にプリャーニクを食べた。学生時代にしたみたいに、ちびちびとお茶と菓子をつまみながら勉強をするのがなんだか懐かしかった。

上田くんの話しによると、フィンランド人が中心の動きのいいグループがいるらしい。彼がよく行く飲み屋が、その仲間たちの溜まり場になっていて色々面白い情報が得られると言う。それならば、と俺たちは夕飯を食べがてらその店に行くことにした。
「明石さんって、甘いものも好きなんですね」
「大酒飲みの熊みたいな男が、おかしいかな?」
僕は笑いながら冗談を言ったつもりだったけれど、
「いや、そういう意味じゃなくて、その…」
と、上田くんは慌てて言い訳しようとしている。本音だったのだろう。
「あはは、甘いもの、好きだよ。食べるのが好きだ。飲むのもだけれど。いや、それにしても、今日のあれはうまかったなあ。また、頼んでばあさんに作ってもらおう。上田くんが次にくる時も用意してもらうよ」
「いや、そんな、悪いです」
と、言いながら彼の顔は嬉しそうににやけている。
「じゃあ、俺もなにか手土産でも用意しますね。あ、着きました」
立ち止まると、吐かれた息が白いことに気づく。今まで歩いていたからわからなかった。
その白い息の向こうに、店の看板が見えた。
看板と言っても目立つ感じではなくて、すっきりとした石造りの建物に、そのまま店名を貼り付けただけ、というような感じである。
「ドーブルィ ヴィエーチル」
“こんばんわ”と、上田くんが先に店に入って行く。その後に続いて、俺も店に入った。
真ん中のテーブルには若者が四、五人いて、その騒がしさを避けるように、年老いた男が店の隅でひとり酒を飲んでいる。カウンターの近くでは労働者らしい中年くらいの男が二人でへべれけになっている。
「やあ、ハデス」
上田くんがその中の一人に声をかけた。
「お、ウエダ!こっちで一緒に飲もう!」
「いや、今日は友達と二人で飲むんだ。また今度ね」
彼らとの挨拶を終えると、
「さっきの彼らです。言ってた、過激派の反抗組織」
と上田くんは耳打ちしてきた。
「ほう、彼らか」
見た目には働き盛りの若者、と言った感じだ。酒を飲んで楽しそうに騒いでいる姿は、まさか彼らが国を覆そうとしているとは思えないくらい無邪気だ。
「僕、クワスにします」
「俺は、やっぱりウォトカかなあ…」
カウンターで注文するとすぐに酒が出てきた。
「我々の成功のために」
上田くんは静かにそう言うとグラスを掲げた。
「おい、ウエダ!今日の約束はどうしたんだ!」
扉が勢いよく開く音がすると、ひとりの男が入ってきた。
「ん?ゲルミエス、どうした…あ!」
「どうした?約束があったのか」
「はい…すっかり忘れてしまっていて…。あれ、本当に今日だったかな…」
彼はポケットから出した小さな手帳を慌てて確認しながら言った。
「ああ、本当にしまったな…。ここ全部おごるので、好きなの食べていってください。埋め合わせはまた今度!」
そう言って、 彼は1ルーブルをテーブルに置くと、すぐに出て行ってしまった。ひとり残されてぽかんとした。
「いかん、今日は偵察も兼ねているんだ。適当に何品か頼んでゆっくり居座るとしよう…ボルシチ、あるかな……」
気持ちを改めて、食事のメニューがないか探す。それに気づいたのか、店主はぽんぽん、と、いくつか料理を皿に乗せて出してくれた。『ここから選べ』ということらしい。
「サーロ、ボロジンスキー、サリャンカ、キシュカ。」
少し早口で皿を指差しながら、店主は聞き慣れないロシア語を羅列した。
サーロ…、これは肉の脂身のようだ。肉は豚肉か。見た目は生に見える。あいにく豚を生で食べる習慣はないけれど、周りを見渡すとさっきの過激派の若者たちがうまそうにそれを食べているのを見てしまった。
「うーん…ボロジンスキー、これは黒パンか。サリャンカ…」
料理を見ながら考え込んでいると、業を煮やしたのか、店主がまた早口で喋り始めた。料理のうんちくなのか、早く決めろ、と言っているのかはわからない。
サリャンカは、具沢山のスープみたいだ。
「面倒だ、全部、くれ」
俺は店主に進められるままに、
「全部一皿ずつ、とウォトカをもう一杯」
と、まだ実践的でない不慣れなロシア語とジェスチャーで注文した。店主は左の口角をあげ、少しだけ笑うと(笑った、とも言えないような表情だったが、嫌がっているようには見えなかった)ウォトカを出し、
『料理は持っていってやる、いいから席に居ろ』
と言う代わりにテーブルを指差した。むすっとした顔つきとは正反対に、彼は意外と面倒見がいいようだ。俺は店全体が見渡せるように、一番奥の入り口対角になるような席を選んだ。
席に着くと、先にサーロ、ボロジンスキーが運ばれた。ボロジンスキーの横にはスメタナが雑に添えられている。たっぷりと添えられたそれは、ここの店主のように無骨な愛嬌があった。
初めて目の前にする、生の豚の脂身料理…。あまりに素材そのものすぎて、料理と呼んでいいのか思い悩む。
「とりあえず、はしっこを…」
真っ白な豚の脂身は、さながら陽の光にあたる雪のようだ。うすぐらい中でもきらきらひかる。おそるおそる、少しだけかじってみると
「おお…」
冷たい脂身が、口の中で溶けていく。
「なんだ、うまいじゃないか」
脂身の甘さと塩っけが残っているうちにウォトカをくちに含む。
「ぉお…うまかぁ…これは完全に酒のあてだなあ…」
口の中の脂っ気を取るために、ボロジンスキーと呼ばれていた黒パンをちぎって口に放り込む。
「!」
普段食べている黒パンとすこし違う。酸味があり、甘い。
何かぷちぷちとした食感を味わっていると、それが香菜の種だとわかった。いつだったか、中国人と食事した時に初めて食べた。最初はその匂いの強さに驚いたけれど、なかなか癖になる味ではまった。因みに一緒にいた同僚は「絶対に受け入れられない」と言って、すこしでもその皿から遠ざかろうとしていたのが面白かった。
「なるほどなあ…」
サーロと一緒にこれが出された意味がわかった気がする。俺は、今日新しく出会った黒パンにサーロを乗せてひとかじりした。
ぱさぱさとした食感のボロジンスキーに噛めば噛むほどサーロの脂の旨味が染み込んでいく。そして、香菜の種がぷちぷちとはじけ、いいアクセントになる。
「うん、これはいい。なかなか」
酒を飲むのも忘れ、味わうことに集中していたことに気づき、くいっとグラスに少し残していたウォトカを飲み干す。腹の中がぐっと熱くなり、心地がいい。
もう一杯、とグラスを持ちカウンターに向かうとちょうど店主が次の料理を持ってくるところだった。
「サリャンカ」
料理の名前を言いながら皿をテーブルにおくと、彼はグラスを指差しもう一杯呑むかと聞いた。僕は、大きくうなずき、日本語で「ありがとうございます」と言った。
サリャンカは、具たくさんの煮込み料理に近いスープのようだ。ボルシチに少し似ているが、見た目は白い。
「どれ…」
スプーンでひとさじすくい、口に運ぶ。魚―多分鱈だろう―の燻製を出汁にしているようで、味に底力がある。一緒に煮込まれた野菜は十分に燻製の旨味がしみこんで、基本的にあっさりとしたロシア料理の中では、メインに匹敵するような存在感だ。
「このスープにも酸味があるな…」
ロシアでは発酵食品を出汁にしたすっぱい料理をよく見かけた。きゅうりの漬物も、日本のぬか漬けに比べ酸味が強く、ご飯のお供に、というよりはそれだけをつまんで食べる、というイメージがある。
あんまり酸味があるものばかり食べていても胃酸が出て仕方がなさそうだが、このサリャンカというスープは、その強い味が上手に調和されていてうまかった。
「具沢山でものすごく健康的だな…」
―休みの日にダーチャに行った時に自分でも作ってみよう。
「もうひとくち」の、その気持ちを焦らすようにウォトカをくいっと飲み、にやにやしながらサリャンカを見つめる。そして、いざ、と二口目をを食べようとすると、
「明石くん」
と呼ばれた。さすがにびっくりした。こんなロシアという辺境の地で、日本語で、しかも本名で呼ばれたのだ。
「山縣さん!」
顔をあげると、そこにいたのはつい最近まで内閣総理大臣であった山縣有朋だった。いやいや、本物なはずがない。
「驚いただろう。プライベートで視察しに来たんだ」
唖然とする俺を気にもせず、彼は「よいしょ」と、俺の斜め前に座った。俺が慌てて酒を注文しに行こうとすると
「ここでは無礼講にしよう」
と言って、彼は自分で店主のいるカウンターに向かった。彼の後ろ姿を見つつ、まだ状況が飲み込めず、面食らっている。
「ほら、お前のも、持って来てやったぞ」
「わ、すみません。ありがとうございます。」
自分が追加していた酒の注文なんて、全く忘れてしまっていた。
「まあ、まず飲もう」
そういうと、現地人ですら驚くようなのみっぷりで、一気にグラスを空にした。
「で、どうかね。進んでいるかね」
はっきりとは口にしないが、内容はもちろんロシアでのスパイ活動についてだ。
「ええ、今は気をはやらせず、地面を這うように進めています。それで、ひとつあたためている策があるのです。彼らのような…」
目線だけで、例の過激派の若者たちを指す。 そして、少しでも会話の内容が気取られないように、一口ウォトカを飲み、間をずらす。
「…やつらに、活動資金を与え内乱を起こさせやすくするのです」
山縣さんは真剣をひたいの真ん中に突き立てるように、僕の目をぐっと見つめている。容赦のない目だ。
「…ふむ、なるほどな」
彼は椅子の背もたれによりかかり、逆に俺はぐいっと身を乗り出し、話を続ける。
「しかし、それには大金がいる。もしそれが要りようになったら、工面してくれんないだろうか…」
「……」
山縣さんはそのままの体勢で、首を天井に向け、目だけをこちらに下ろした。
「今、そのための情報収集と、それに使えそうなグループに目星をつけているところです」
さらにずいっと、俺は前のめりになる。ぎぃとテーブルが動く音がしたが、気にしない。
「明石くん、君の考えていることはわかった。俺も考えておく。その時になったら、君の準備ができたら、また話を聞かせてくれ」
体勢を整え、武士然とした姿勢に身を正すと、再び刀をすっと相手に突きつけるように僕を見据えた。それに触発され、僕も今にも飛びかかるような気持ちで腰を上げる。
「お」
体がぐらっと前に倒れる。
ガッシャーン
あまりに体重をかけすぎて料理ごとテーブルを倒してしまった。床がびちゃびちゃだ。山縣さんは、素早い動作で身を引き、テーブルから散歩ほど下がった場所で心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫かね」
「さっきの話、しかと聞きました。そしたら、またこうして酒でも交わしながら話させてくれますか。それと、もうひとつが…」
ズボンがこぼれた酒やらでびしょびしょだが気にしない。伝えたいことは山ほどあもある。しかし話を続けようとすると
「わかった、わかったから。ともかく、服を拭きなさい」
山縣さんが手ぬぐいを貸してくれた。

「キシュカ」
ぐらぐらと体を揺さぶられ、目を覚ます。
「キシュカ」
目の前には料理を持った店主の姿があった。
「あれ、山縣さんは…」
ちんぷんかんぷんの頭で、あたりを見回すと、山縣さんどころかさっきテーブルを倒してしまった形跡すらない。
気を利かして、店主が水を持って来てくれた。
「ああ、かたじけない…」
視点が定まらないまま一気にそれを飲み干す。
…一体なんだったと言うのだろう。夢を見ていた?
思ったよりハイペースで酒を飲みすぎていたのかもしれない…。
やっと焦点が合ってきて、何も考えずに目の前のキシュカにフォークを突き刺し口に入れた。むぐむぐとそれを一気に食うと、なんだか落ち着かなくて勘定を済ませてすぐに出てきてしまった。
「しまったなあ、全然、情報収集どころではなかった…」
情けない気持ちで外に出て夜空を見上げると、一人の男が店から出てきた。
「おい、これ忘れていったぞ」
騒いでいた若者のうちのひとりだ。
「スパシーバ」
彼はシャイな感じで笑った。
「お前、日本人だろう。俺の名前はイリアス。フィンランド人だ。さっきは飲みすぎたか?いきなり大いびきで寝ちまってたけど、大丈夫みたいだな」
そんな風だったのか。さすがに少しだけ反省した。
「まあ、これに懲りずにまた来いよ。俺たちは日本人が大好きなんだ。一緒に飲もうぜ」
彼は一気に自己紹介を済ませると、俺の肩をポンポンっと叩き、再び店の中への入って行った。
「フィンランド人か…使えるかもしれない」
確かフィンランドは最近ロシア化政策が強行されてかなり鬱憤がたまってるはずだ。ストックホルムの方にも知り合いがいた…あたってみるか…。
「今日も少しは成果があったか、よかった…」
ほっとしたら、最後に飲み込むように一気食いしてしまったサリャンカが急に恋しくなった。あれは、見た目以上にうまいものだった。
「今度また上田くんを付き合わせるかあ…」

―それにしても、さっき山縣さんに夢で喋っていた作戦、なかなかキレているな…。
ふざけたような一日だったが、なんだか気分はよかった。
ふふっと自画自賛しながら、僕は夜道を歩いて宿まで戻った。


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