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内戦が続くアラビア半島の国イエメンをもっと知るために

イエメンにはまだ行ったことがない。写真も持っていない。上のヘッダーの写真はトントン0715さんの「フリー素材」をダウンロードして使わせていただいた。

シバームの「砂漠の摩天楼」、「アラビアン・ナイト」の世界とも評される首都サヌアの旧市街、「モカ・マタリ」などを産するコーヒー園……風光明媚なところがたくさんあると聞くが、2015年以来、ハーディー大統領派とフーシー派などによる内戦が続いている。

以前住んでいたエジプト・カイロの行きつけのカフェでは、イエメンから避難しているという男性とよく顔を合わせ、首都サヌアの状況などをきかせてもらったりしたものだった。カイロには、イエメン料理店もあり、食べにいったこともある。ご飯の上に骨つき羊肉が乗った豪快な料理だった。


全人口約3000万人のイエメンでは、800万人が飢餓に苦しんでいるともいわれる。同じ中東のシリアと同様、今世紀最大の人道危機。なのに、すくなくとも日本では、マスメディアで報じられることが少ない。イエメンを取材しようとしていたフリージャーナリストの常岡浩介さんが、日本政府から旅券の返納命令を受け、取材を阻止された。

イエメン内戦解決への最大の障害は、イエメンで今起きていることへの無関心だ。イエメンへの関心を喚起するためには、イエメンで何が起きているか、事実を知る機会が提供されることが重要だ。

「内戦に苦しむイエメンを知ってほしい」。そんな意図で企画されているのが、今年3月から、東京、名古屋、神戸で順次開催される「イスラーム映画祭」だ。

映画祭は今回で4回目で、イエメンに焦点を当てるという。映画祭を主宰する藤本高之さんは「至上最悪の人道危機といわれるイエメン内戦が、日本でほとんど報じられず、情報が伝えられていないため、勝手に使命感を感じて特集にした」と話す。映画祭でイエメン映画は、内戦を扱った2作を含めて3作品が上映されるという。

先行試写会に招いていただき、イエメン映画「わたしはヌジューム、10歳で離婚した」をみてきた。

この作品は内戦前の製作で、南西アジアからアフリカにかけての地域で根強い「児童婚」、夫による妻への「性暴力」「DV」というイスラム圏に限らないテーマを扱っている。実話をもとにしており、イエメン人女性監督のハディージャ・アルサラーミーさんの実体験も反映されているのだという。

映画では、家庭の「口減らし」や結納金目当てで父親が年端のいかない娘を結婚させる、というイエメンの現実が描かれる。農牧を生業とするイエメンの村落社会では、部族長が強大な力を持ち一族を束ねる。コミュニティの秩序・治安の安定といった点では、良い側面もあるのだろうが、「女性が家内労働という名の奴隷」といった部族の伝統的価値観が絶対となる。

日本に引き寄せて考えるとすれば、伝統的なムラの「本家・分家関係」といった親族集団を考えてみるといいかも知れない。女性の地域・家庭内での地位という意味でも、日本も戦後の高度成長期以前までの山村などでは、イエメンとさほど変わらない現実があったのではないかと、大牟羅良著の岩波新書「ものいわぬ農民」を最近読み直してみて思う。

映画では、欧米的な服装で欧米スタイルの家に住む裁判官(カーディー)と、伝統衣装姿の主人公の夫や父、部族長が対比的に描かれる。「近代的な法律」と「部族の論理」の全面対決という構図がくっきり浮かぶ。

「宗教や伝統の名の下に行われる、無意識の犯罪を葬らないといけない」。そんな裁判官の言葉が、アルサラーミー監督の思いを代弁している。終盤はそんな監督の熱い思いが前面に出すぎて、映画作品としてはやや「しつこい」感じもした(そこまで言わなくても、事実を描くだけで充分わかると感じた)が、最後までスクリーンにくぎ付けになった。

イエメンの山岳地帯、首都サヌアの風景も美しかったことも、作品にひかれた理由だ。イエメン南部モカ港から出荷されることからそう呼ばれるようになった特産モカ・コーヒーが、あんな峻険な山岳地帯の段々畑で栽培されているとは知らなかった。

中東をふくめたいわゆる「イスラム圏」の現実を切り取った社会派の作品がまとめて上映される貴重な機会として、「イスラーム映画祭」は存在感を増している。中東ものということでいうと、東京では、イラク戦争後の2004年から2008年まで開催された「アラブ映画祭」がそうした役割を担っていたが、残念ながら終了してしまった。藤本さんは、映画祭を「手弁当」で運営しているのだという。

「ヌジューム」の字幕を担当したしたのは、アラブ映画研究者で、以前にやはり手弁当の「リアル・アラブ映画祭」を開催したことがある佐野光子さん。

ほかにも、中東を舞台にした社会派ドキュメンタリーを積極的に紹介している人たちはいる。東京・渋谷で映画館を経営し、シリア内戦ものなどのドキュメンタリー映画の配給も積極的に行っている「アップリンク」代表の浅井隆さん。

あるいは、以前に児童婚の問題を扱ったアフガニスタンを舞台にしたドキュメンタリー映画「ソニータ」を公開し、2月1日からISによるイラク少数派女性への性暴力問題を扱った「ナディアの誓い」(東京・吉祥寺の「アップリンク吉祥寺」で公開開始)を配給する福岡市の配給会社「ユナイテッド・ピープル」社長の関根健次さんなどだ。

藤本さんと同様、興業面では困難なことも多いだろうと推測するが、こうした努力が、日本と中東との距離を縮める力になっていることは確かだろう。手弁当でいい、と言っている訳ではない。ただ、日本でも、藤本さんのような人の心の底から発した「使命感」が、どんどん伝わって広がっていくことが、さらに大きな何かに結実していくのではないかと思いたい。

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