コーヒー×熱力学【電子レンジ型がコーヒー豆の焙煎における常識を変える】
今回の記事は大学レベルの物理の内容を含みますが、イメージしやすいように身近なものを解説していく表現を選んで書いていきます。
「物理」に抵抗あった方へ、少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。最後までお付き合いいただけると幸いです。
心で見なくちゃ、ものごとは見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。
by 星の王子さま(サン=テグジュペリ著)
以前、焙煎のメカニズムを知る上で重要なことはミクロ組織であると解説しました。
コーヒーに関わらず、現象をより小さい領域に分割していくと複雑なものも単純化されます。
大きなプロジェクトがあった時に、仕事の内容を細分化して担当者をつけて進めていくとプロジェクトの難易度が高くても短納期でやれてしまうのと一緒です。
それを細分化せずに一人でやろうとすると何から始めたらいいのかも分からない、時間がいくらあっても進みません。チームを分けても進む方向を間違えたりするのに一人ではどんなに優秀でも上手くいかないでしょう。
私の好きな言葉の一つに
問題点は細かく分けてから解決していけば、さして困難なものはなくなる。
by ヘンリー・フォード(実業家/アメリカ)
があります。
これを物理の世界に適用すると、物質の最小単位は原子・電子や分子ですよね(素粒子論は抜きで考えます)
なので、原子や分子レベルで何が起こっているのか理解できれば、一見複雑に見える現象も単純化でき、理解できるということです。
実際に、コーヒーの焙煎メカニズムもCO2の発生とか化学反応も考慮した単純化したモデルでほぼほぼ理解できています(上記の記事)。
焙煎で超重要と言われている焙煎中における水分量の変化は2008年にAIで予測できていましたが、AIも必要ないくらいに進歩しています。
普段の生活している中では気づきませんが、スーパーコンピュータ等の計算技術の進歩で、分からなくて当然と思っていたことがどんどん分かるような時代になってきています。
少し脱線しましたが、コーヒー豆の焙煎メカニズムは分かってきたものの、「焙煎で使う熱源は何にすれば良いのか」という疑問があります。
これを判断する上で重要な学問が「熱力学」と呼ばれるものです。
熱力学も目には見えません。温度は目では分かりませんよね?
実は熱力学も原子や分子の世界の話なんです。
かんじんなことは目には見えない <<熱力学>>
熱力学の歴史は18世紀後半の産業革命とともに発展し、2つの基本原理から成り立ちます。
第一法則:エネルギー保存則(熱と仕事)
第二法則:エントロピー増大則(エンジンの効率改善)
「水を加熱すると水蒸気になるのはなぜですか???」
答え: ”エネルギー” と ”エントロピー” です
解説例)
莫大な数のH20分子によって構成されている水と水蒸気の安定性が1個1個の分子のエネルギーの高低だけでなく、H20分子の集団の安定性にも依存するため。
by ミクロ組織の熱力学(日本金属学会著)
熱力学の第一法則は比較的簡単です。
ΔU = Q + W
ΔU :気体の内部エネルギー変化
Q :気体が外部から吸収した熱量
W:気体が外部からされた仕事
気体の内部エネルギーというのが気体を作る原子や分子の運動エネルギーや位置エネルギーの総和であり、
「熱」というものが原子や分子の世界から生まれていることを示しています。(式中のQが熱量です)
そして、外部からされた仕事というのは
気体の状態方程式(PV=nRT)(中学校で習ったボイルの法則とかシャルルの法則を統合したもの)で示されるように、圧力や体積によるものなので、外部の環境も「熱」にとって重要であることを示しています。
熱力学の第二法則は少し難しいです。
エントロピー?集団の安定性???
エントロピーは
「エネルギー energy」の en と 「変化 transformation」の ギリシャ語tropyを合わせた言葉です。
第二法則のエントロピー増大則のイメージとして、私が理解した経験から身近な例で解説します。
整理整頓された部屋 ➡︎ ほっておくと散らかる
冷水にお湯を入れる ➡︎ ほっておくと拡散してぬるま湯になる
給料日に一杯だった財布の中身 ➡︎ ほっておくと散財してなくなる
というように集団というのは必ず散らかる方向に進み、故意に仕事を加えない限り決して逆は起こらないということです。
部屋は勝手には整頓されないですし、水の温度も自然に上がったりはしません。
この散らかる現象には速さがあります。
拡散速度(拡散係数)とも言いますが、
拡散はランダムな現象です。水の中に黒のインクを垂らすと広がっていきますが、右に進んだり・左に進んだりくちゃくちゃな方向に進んでいきます。同じように垂らしても毎回異なる経路を進みます。
よって拡散現象は確率論ですが、嘘はつきません。
コインを投げて裏が出る確率は初めのうちは連続で出たりしますが、何千回と数をこなせば必ず1/2になります。
というわけなので確率で表現するは物理の世界ではよくあることです。
この拡散の速度が水分子の移動に関わり、水蒸気の蒸発に関わるトリガーにもなります。拡散が速ければ化学反応も速く進み、速く蒸発していく。
このように熱力学の視点からコーヒー豆の焙煎を考えると、重要なポイントはただ熱量の大きさだけでなく、コーヒーのミクロ組織内の「圧力」や「体積」、そして水分子の拡散性(水分子の移動速度)がとても重要だとわかります。
電気オーブン VS 電子レンジ 【焙煎に向いているのは?】
ここまで、コーヒーの焙煎には「ミクロ組織」と「熱力学」の理解が欠かせませんという内容を話してきました。
そこで、本題となる電気オーブンと電子レンジについて熱力学的に考えて見ましょう。
●電気オーブン
電気を流し、ジュール熱発生 ➡︎ 発熱体を熱する ➡︎ 赤外線発生
●電子レンジ
マグネトロン ➡︎ マイクロ波による放射エネルギー発生
両者を比較すると、全く違う原理で熱を発生していることがわかります。
赤外線とマイクロ波ではエネルギーが決まる上で重要な「波長」が全然違います。
光の波長って聞いたことありますか?実は色の違いは光の波長が違うだけなんです。
赤外線とマイクロ波の波長の違いを考慮して、焙煎に影響する超重要なポイントを挙げるとすれば「豆のミクロ組織を透過するかしないか」でしょう。
電気オーブン = 赤外線 = 透過できない
電子レンジ = マイクロ波 = 透過できる
ちなみに今現在焙煎の主流である直火・半熱風・熱風式と色々方式がありますが、違いは熱の伝わり方でどれを重視するかと言う点で違います。
熱の伝え方= 伝導・対流・放射 の3種
★この中で唯一放射のみコーヒー豆の内部まで透過してエネルギーを伝えられる可能性がありましたが、赤外線領域の波長なので透過できません。
まとめると、直火・半熱風・熱風式どれもコーヒー豆の内部に直接エネルギーを与えられません。
つまり、必ず表面から熱が伝わり、その熱の伝搬により内部まで熱していることになります。
表面が先に焦げてしまうことは避けられないと言うことですね。熱風式で長時間焙煎してできるだけ温度差が出ないようにすることもできますが、効率的ではない思います。
個人的には苦味がガツンとくるような表面を焦がしたようなコーヒーも好きなんですが、スペシャリティーコーヒーのような浅煎りで豆の個性を強く出したいときに焦がしたり・豆の内外で煎りムラがあったら微妙ですよね。
そこで、前回の記事でも紹介した電子レンジ方式が出てきます。
先ほどの話からマイクロ波はコーヒー豆のミクロ組織を透過してダイレクトに水分子にエネルギーを伝えられると説明しました。
さらに凄いことに電気オーブンのような赤外線方式と比較して水分子の拡散係数は22倍と言う報告があります。
コロンビアのAntioquia大学の論文から引用しています。
「Comparative analysis of drying coffee beans using microwave and conventional oven」 Milton Javier Munoz-Neiraら著
左が電気オーブン・右が電子レンジです。
横軸の数値だけ見てほしいですが、右の電子レンジは数10分の単位で左は500とか1000とか2桁くらい違います。
これは乾燥時間が全然違うことを示しています。与える熱量は同等なので水分子の拡散速度を支配する拡散係数が圧倒的に違うということです。
ただし、問題もありそうです。
Without Parchment がパーチメントのないコーヒー豆ですが、1,2,3と3種類あって1だけは中心の温度が低いです。
あとは外側よりも内側が高温になるという現象があるのが見てわかります。
➡︎これはこれでどんな味になるのか気になるところではあります。
ここまでをまとめて結論を発表します!
結論:物理的観点からの考察では、電子レンジ型の方が水抜きが速く終わるが、豆内の温度ムラができる欠点がある
◆電気オーブン型
◯コーヒー豆内外での温度差は低温長時間でカバー
×拡散速度は低い(水分が抜けるのが遅い)
◆電子レンジ型
×豆内部で温度バラツキがある
◎拡散速度が速い(水分が抜けるのが速い)
これからの展望
電子レンジ型には課題があるものの、超短時間で焙煎ができる可能性もあり面白いかなぁと思います。
あとは電気オーブン型と電子レンジ型では熱の伝わり方が全く違うので、味や香りも全く違うものになるはずです。(電子レンジ型では豆の内側が高温になる)コーヒー好きとしては好奇心が掻き立てられ、一度味わって見たいと強く思います。
大量に焙煎するような工場ではガス代<電気代なので、今までのやり方を踏襲すべきだと思います。熱風はリサイクル技術も進歩しているので工場ではメリットが多いです。電子レンジはどうしても小ロットでしか焙煎できないので非効率になります。
一方で、家庭ではどちらが良いのでしょう?時間がなければ電子レンジと直火or半熱風or熱風のハイブリッドというのもありです。(さすがに完全熱風式を自宅でやる人はいないと思いますが)
結局のところ、どんな豆をどう煎りたいのかで変わるので、結論はお任せしますが、もし流行るとしたら個人向けだとは思います。
先日記事にした通り、欠点豆のピッキングはすでにAIで代替可能なので、焙煎➡︎粉砕➡︎抽出まで自動化されれば自宅で本当に美味しいコーヒーを味わえる日が来るかもしれませんね♪ (焙煎後は時間を置いた方が良いとされていますが、電子レンジだとまた常識が違うと思います)
今後の個人的な目標は「電子レンジの改良版の設計を考えること」、「今の電子レンジで運用方法工夫してバラつかない煎り方を見つけること」にチャレンジしてみたい思います。
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コーヒー産業の将来についてはこちらにまとめたので気になる方はぜひ覗いていってください。(有料です)
それではまた♪
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