あの夏のロビンソン
1995年 夏
「だーれもさわーれない、ふーたりだけーのくにぃ♪」
車を運転しているマナの父が、カーステレオに合わせて、気持ち良さそうに歌う。
「おっちゃんそれ、だれのうたー?」
サクラが聞いた。
「知らんのかぁ。スピッツのロビンソンゆうてな、めっちゃ売れてんで」
歌うのを止め、サクラに教える。
「うちの母ちゃんも歌っとるわ」
そう言ったのは、コンタだ。
「えー、でもふたりだけはいややぁ。うちらずっと3人がえぇもん」
サクラが頬を膨らませて言った。
「おー、もうすぐ着くでぇ」
3人が幼稚園児だった頃、毎年のようにマナの父(おっちゃんとサクラとコンタは呼んだ)が車で海に連れて行ってくれた。
車に乗っていても、潮の匂いが隙間から入り込んで来て、もう海が近いことを知らせる。
「うーみっ!うーみっ!」
幼い3人はテンションが上がり、うみコールを始める。青くキラキラした海が見える頃には、ステレオの音など一切聴こえなくなっていた。
海岸線を通り、駐車場に車を停めて、そのまま車内で服を脱ぐ。みんな水着を着込んでいるから、準備はすぐに終わる。
そのままダッシュで砂浜へ。
パラソルやらレジャーシートの用意はおっちゃん任せで、子どもらはそのまま海に突入した。うきわに乗ったり、砂のお城を作ったり、ビーチボールで遊んだり、貝殻を集めたり。気の済むまで遊び続ける。
お昼はラーメンを食べて、おやつにはかき氷を食べて、海の家もしっかり満喫。
帰りの車が動き始めると、間もなく3人共寝てしまい、それぞれの家までおっちゃんが送り届けるまで、そのまま起きなかった。
本当に、楽しかった。
2003年 夏
3人は同じ小学校に入学し、クラスが分かれたりしながらも、関係性は変わらなかった。
幼稚園の頃程では無いが、しょっちゅう3人で公園で遊んだし、変わらず海にも行ったし、遊園地などにも行った。そしてそのまま、地元の中学校に進学した。
「あんた、なんでマナとコンタ君と一緒におるん?」
中学に入り、同じクラスになった女子にそう言われた。始めは意味がわからなかった。
「あの2人、お似合いやん。邪魔せん方がええで。あんた、可愛ないやん」
ハッキリ言われて、意味を理解した。と言うより、サクラ自身も中学に入ってからは、どこかにそんな想いを感じていた。
コンタとマナは陸上部で、私は吹奏楽部。
コンタは短距離の選手で、県大会に出られるくらい速い。勉強はあんまりだけど、明るいし、ちょっとヤンチャで格好良いから、何人もの女子から告白されていた。
マナは走り高跳びをやっていた。大会には出られないみたいだけど、それでもサクラがびっくりするくらい、高く跳ぶ。ショートカットが良く似合うし、目もぱっちりしてて、やっぱりモテないわけがなかった。
サクラはと言うと、親の血をしっかり受け継いだぽっちゃり体型で、顔は良く言ってパンダ系。目は垂れて細く、輪郭はまんまるで、部活の先輩からは“おかみ”とか“つるべ”と呼ばれていた。悪口を言ってる感じじゃないから、それを嫌だとは思わなかったけど、少なくとも可愛いと思われていないことは、サクラにだってわかる。
「こないだも駅のパコスで、2人でデートしてんの見たって、男子が言うとったし」
パコスは駅のショッピングモールだ。
そうなんだ、とサクラは思った。仲が良いんだから当たり前だと思いたいけど、もう中学生だし、恋愛も他人事じゃない。付き合ってる子も周りにいるし、何よりマナとコンタは、誰がどう見てもお似合いだった。それを聞いてから、サクラの心にモヤモヤとした何かが住みついてしまった。
ある日の放課後。
「今日部活ないし、やなぎ行かへん?俺おごるし」
コンタが言った。やなぎは子供の頃から家族ぐるみで通っている鉄板焼き屋だ。
「おごるしって、どうせ大将にマケてもらおう思てるだけやろ」
マナがツッコむ。やなぎの大将は私たちが3人で行くと、ほとんどお金を取らない。
「私も行ってええのん?」
サクラがそう言うと、
「はぁ?当たり前やろ。何を言うとんの?」
マナが言い、コンタも不思議そうに頷いていた。嬉しいのだけど、どこまでが本当なのか、わからなくなっていた。
「たいしょー、まいど!」
暖簾をくぐるなり、コンタが大声で言った。
「おー、コンタかぃ。相変わらず美女2人もはべらせて、えぇ身分やなぁ」
60歳過ぎの大将には、サクラも美女らしい。
「そやろー。今日はお代なんぼ?」
「そしたら入学祝いや!1人100円でどや」
「たいしょー、俺らもう2年生やで」
「んなもん、どっちでもかめへんて」
結局、合計300円で、ほとんど食べ放題だ。
「なぁ、2人にとって、アタシはおったら邪魔なんかなぁ?」
どう言えば良いのかわからなくて、結局そのままを言葉にした。
「さっきからどないしてん?おかしいで」
そうマナに言われて、クラスメートに言われたことを、心に住みついたモヤモヤを、一部始終、全部吐き出した。
「そんなん気にせんでええって」
マナが言った。
「あんなぁ、俺らいくつん時から一緒にいる思てんねん。生まれてすぐやで。それを誰だかわからんやつに、ちょっと言われたぐらいで拗ねよって」
「ちょっとって…」
サクラが続けようとするのを、コンタが遮った。
「俺ら3人、ずぅっと一緒や。これからもずぅっと、ずぅーっとや!」
そう言ったコンタの顔を見て、サクラは泣いた。ボロボロと泣いた。そして、格好えぇなぁと思ってしまった自分を責めた。マナはそんなサクラの頭を優しく撫でていた。
2人の気持ちがわかって安心したようで、2人でデートをしていたことや、どんな関係なのかは全く聞けなくて、結局小さいモヤモヤがサクラの心に残ったままになった。
誰も触れない、二人だけの国。
2人はもう、そこにいるのかも知れない。
2021年 夏
「サクラー、はよしーやぁ」
マナが大声で呼ぶ。
「ちょっと待ってってぇ」
「おっそいで、ほんまにぃ」
コンタがかぶせて言う。
「しゃーないやろ、ツツジおんねんから」
ツツジはサクラの娘。4月で3歳になった。
「こっちかて、ハルとテツロウおるっちゅうねん」
ハルはマナの娘で、テツロウはコンタの息子。2人とも、ツツジと同じ3歳だ。
そう、2人はサクラをおいて、二人だけの国を作ったりはしなかったのだ。
高校はバラバラだったけど、月に何回かは必ず3人で会っていた。やなぎの大将は「そろそろ金あるんちゃうの」と言いながら、変わらずタダ同然で食べさせてくれた。
テツロウは大学進学で東京に出ていたが、就職を機に地元に帰って来た。大学に通っている間も、休みで戻って来る度に「東京は合わんわ」と繰り返し言っていた。
サクラとマナは、地元の同じ大学に進学した。学部は違うけど、2人で会ったり、たまには合コンなんかにも参加した。
それぞれに就職をして、合わせたかのように結婚をして、同じように子どもが生まれた。
「あんたまだそのリュック使こてんのー」
ツツジが背負っているリュックを見て、マナが言った。ツツジにはまだ大きいが、どうしてもこれが良いのだと言うものだから、仕方なく背負わせている。
「それ買う時、パコスでめっちゃ2人で迷って選んだなぁ。誕生日プレゼントで」
そう言って、マナとコンタが顔を見合わせた。
「おーい、もう行こうやー」
今日はそれぞれに子どもを連れて、おっちゃんがみんなの為に買ったキャンピングカーに乗って、あの海に行くのだ。
車に乗ると、FMラジオでは90年代のヒット曲特集をやっていた。
「だーれもさわーれない、ふーたりだけーのくにぃ♪」
ラジオに合わせて、おっちゃんが気持ち良さそうに歌う。
「それ、だれのおうたぁ?」
ツツジが聞いた。
「これかぁ?これはスピッツのロビンソン言うてなぁー。んん、なんか前にもこんなんゆうた気ぃすんなー。」
おっちゃんはサクラをチラ見して、笑っている。
ツツジはわけがわからなくて、ぽかんと口を開けていた。
キャンピングカーの名前はロビンソン106。
3人は、これからもずっと一緒だ。
完
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・エセ関西弁です。そしてスピッツドンピシャ世代です。キャンピングカーの名前がロビンソンなのは、ガチ偶然です。コロナ無視しました。日常難しいです。2,000字も。
以下、おまけ。もう、本当名曲。永遠でしかない。
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