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ミスター加工

昔から僕と弟は似ていない。どのくらいかといえば、母から「あなたの弟は他の惑星で生まれたのよ」と言われても、へえそうなんだと納得してしまいそうなくらい似ていない。僕の輪郭は典型的な面長だし、彼はコンパスで描いたかのような丸顔である。

それは外見的特徴だけではない。夕食に海老フライが出されたら、まず真っ先に食べてしまうのが僕で、食事の最後まで取っておくのが彼である。食事でいえば、彼はカープファンであるのにも関わらずお好み焼きが苦手だ。無論、僕にとってのお好み焼きは大好物である。生粋のカープファンだし。

そんな例は諸々存在する。例えば僕は文系だし、彼は理系だ。顔の構造が異なれば、頭の構造も異なる。逆に共通点なんて頭を捻っても数えるほどしかない。性別が同じであること、日本語を操ること、癖っ毛であること、カープファンであること(僕がそうさせた)くらいである。

頭のできといった観点では客観的に見ても彼の方が頭が良いし、それは昔からそうだった。祖母や母からよく聞く逸話で、彼が弱冠2歳の頃、家族でグアムへ行ったときリンゴジュースを「アポー」と言って店員に注文したのである。

記憶に新しいのは彼がまだ小学5年生で、日本地図を暗記したときのことだ。普通は——というか一般的には分布で都道府県を覚えるのだが、彼は1番の北海道から47の沖縄まで、都道府県の「番号」で記憶した。つまり、京都の東にあるのが滋賀県という一般的な脳ではなく、25番が彼にとっての滋賀県なのである。それが本質的な学習なのかは置いておいて、僕には到底できぬ暗記方法である。

家勉キッズ」より借用

そんな僕は彼と比べれば勉強は到底得意とは言い難い学生生活を送ってきたと思う。英検3級は僕が中学2年生のときに合格したけれど、彼はもう少し合格が早かったと思う。なんなら僕は一度落ちていて、二度目の受験で合格したのだ。もちろん、彼は一発でパスした。

英検といえば、不正対策なのか分からないが証明写真を添付するのが恒例である。英検準二級という、履歴書にはギリ書けない大学受験までしか使えぬ級の受験準備に僕は翻弄された。

「もう高校生になったんだし写真くらい自分で用意しなよ」
母からそう言わたものの、わざわざあのかしこまったプリクラみたいな写真部屋に一人撮影しにいくというのは、多大なる金を要する。八百円とかそこらで撮影できるのかもしれないが、高校生にとっての八百円は何にも変え難い死守すべきものなのである。

しかし写真を撮らねば英検が受けられぬ。どうにかして八百円より安く写真を撮る方法を、とインターネットで模索した結果、スマホからコンビニで証明写真を印刷できるサービスがあることが分かった。価格は驚異の二百円。この四百円の差は大きすぎる。

当然僕はコンビニ印刷を選択した。ただしネックなのはその写真をどこで撮影するかということである。自宅のいたるところを探してみるも、白壁とはいえ証明の方向的に顔が暗くなったり、ウォールシェルフが映ってしまったり、諸々と問題あり。でも少しくらい顔が暗くなっても加工すればいいのか。

僕は上半身だけ制服に着替えて、ウォールシェルフのない白壁を背景に少し暗めの写真をスマホの内カメで撮った。さあその写真の加工タイム。

使ったアプリは当時、加工界隈の一世を風靡したB612。今の高校生が使っているのか定かではないが、かれこれ5,6年前は行列といえばタピオカ、USAといえばDA PUMP、そして加工アプリといえばB612であった。

ただ、かくいう僕がそのアプリを開くのはせいぜい文化祭で友人たちと写真を撮るときくらいで、まったくもって使い慣れぬアプリである。

実際、ほとんど使わないせいでわざわざアップデートを待ってからアプリを開く必要があった。

使い慣れないのは何がよくないのかといえば、やはり「いきすぎた加工」である。プリクラほどではないが非人間的になりかねぬ、それなりにスキルのいる作業を強いられる。

僕ははじめ、写真の明るさだけを修正するつもりであったが、「beauty」と書かれたボタンを興味本位でタップしてしまった。スマホを睨むこと約5分、完成した写真はまさしく「新宿2丁目のオネエ」である。

当時、髪の毛は眉毛には到底届かぬくらいの前髪しかなく耳周りのサイドは短いという、いかにもクリス松村のような髪型をしていたことがその結果に至った要因だろう。いや、一番の要因はやりすぎな加工である。肌を白くしたり、目を大きくしたり、頬を赤くしたりしたことが新宿2丁目のオネエを生んだのである。

ただ、それは英検の二次試験(面接)の当日に客観的に受験票を見て思ったことであり、一次試験の前段階では「ちょっと盛りすぎちゃったかな?」というくらいにしか思っていない。

はじめて自分の受験票をメタ認知した面接の前というのはなかなかハラハラしたものである。当然、面接官は受験票の顔と実物の顔を照合したうえで試験を開始するだろう。が、受験票ではなく実物の僕はエラが張って奥二重でギラついた目を持つクリス松村のような髪型をした男であり、写真とのギャップは少なからず感じさせたはずだ。

気のせいか、面接官に名前を教えてくださいと言われたとき顔をじろっと執拗以上に凝視された気がする。あれは気のせいだったのだろうか。まあ面接は無事に終わったし、普通にパスしたから万事オーケーである。もしかしたらこの加工済みの証明写真を使ったことによって、面接官を動揺させて実力より高い点数を取ってしまったことが合格へ導いたのかもしれない。無論逆も然りだが、受かったからいいのよ。

先日、家族を代表して父が一人、僕たちのスマホと身分証を集めて携帯のキャリアを変えにいってくれた。父が帰ってきたあとの夜、現在高校生の弟のマイナンバーカードが机の上にぽつんと置かれていたのが目に入った。

現役の高校球児だったときの写真なのか、中学時代なのか分からないが、野球部のトレードマークである坊主頭に丸い顔はまさしく弟の写真であった。

しかし顔が、、違う!!明らかに自宅の白壁を背景に自撮りをしたと思われるその写真には、野球部らしからぬ白い肌に明るめのチークがのっているかのように見える。目は実物もくりっとしているが、写真の方は二倍マシでくりっとしている。

全然似ていないと思っていた弟が、僕と同じ一途をたどっていたことに気づいたとき、はじめて僕たちが兄弟であると認識することができた気がする。

そんな彼は大学受験の共通テストを控えているようで、その写真を撮らなくてはいけないと先日話していた。前髪がちょろっと伸びてきて坊主から脱脚を図ったクリス松村な現在、彼が写真でどのような変貌を遂げるのか目が離せない。


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