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バナナは許される

バナナは栄養価が高くて且つ美味だ。普通、食材を含めてモノにはポジティブな側面に付随して、ネガティブな側面というものが存在する。

例えば、お菓子や炭水化物なんかがこれにら当てはまる。

しかしバナナはどうか。好き嫌いはあるだろうが、口に運んだときの食感がたまらない。

舌触りは柔らかで、自分の一口サイズを容易に決められる。噛んだ途端、肉のように肉汁は出ないのだが、肉汁のように口いっぱい広がる南国感と程よい甘さ。

しかも栄養価が高いから、食べているときに罪悪感など甚だない。なんなら健康的な食生活と認識し、自己肯定感が上がりそうなまでである。

僕のこの過剰なバナナ愛は、実に今に始まったことではない。

僕は物心ついた頃からバナナが好きだった。

バナナは美味しいから食べていて幸せだし、なによりもバナナを食べると母や祖母から褒められる。お菓子もまた美味しいけれど、食べすぎると怒られる。

ならば、一石二鳥のバナナを食べるのが吉。もちろんお菓子も好きだったけれど、大好きな母と祖母に褒められるなら迷わずバナナ一択である。

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幼少期のある日、母とスーパーの買い物に出かけた。僕が出かける理由はもちろんお菓子とバナナの確保である。

母や祖母は僕がバナナが好きなことは薄々承知していたと思うが、お菓子とバナナを天秤にかけたら当然お菓子を選択すると考えていたと思う。まあそれが普通の子どもだし。

だから、「お菓子見ておいで」と買い物中に言われるわけだ。当然のことながら「バナナ見ておいで」なんて言われない。僕は指示通り好きなお菓子を選びに行く。

食べたいお菓子が決まったところで、勝手に青果コーナーに足を伸ばした。もちろんお目当ては黄色い代物である。

当時は金銭感覚というものはないし、そもそもバナナの相場も理解していない。ゆえに、1番色が綺麗で形も整っていて美味しそうだと思うモノを直感的に選択した。

お菓子とバナナを持って母を探す。母を見つけるために店内をキョロキョロして辺りを見渡すのだが、実はこの瞬間が買い物で1番嫌いだった。

母が見つからずこの場に置いていかれたら、僕はこの場でバナナをかじりながら死に絶えることになるんだろうと思うわけだ。

それに、キョロキョロしていると店員に万引き犯と勘違いされるのではないかという不安もあった。

一人でお菓子コーナーと青果コーナーに行くのはルンルンで心は浮き立っていたのに、母を見つけるときはいつも不安に押しつぶされて涙目になる。

しかし実際に置いていかれたり、万引き犯だと間違われたことは一度もないから、いつも杞憂に終わるのだが。

僕は母を涙目で見つけ、しれっとカートのカゴにお菓子とバナナを入れた。

カゴといっても二階部分の上のカゴよりも一階部分の下のカゴの方が僕の背丈的には入れやすかったから、下のカゴに入れた。

母は肉を見て悩んでいるようで、まだ僕には気づいていない。値段で迷っているのか、容量なのか、消費期限なのか、はたまた牛なのか豚なのか、検討もつかないが僕にとってはどうでもいいことだ。

母は悩んだ末に上のカゴにに何かの肉を入れる。そして母が僕にようやく気づく。

「あ!お帰り!何にしたの?」

「チョコにした。甘いやつ」


なんていう会話だったと思う。母はお菓子を買うことしか許可していないから、バナナのことを僕はあえて言わなかった。

✳︎

買い物は終盤に差し掛かり、日用品コーナーを母と軽く見た後レジの会計へ進んだ。

バナナがカートの中に入っていることを母は知らない。僕も黙っているわけだから、少し緊張していた。

無事にバナナを確保できますように。

そう願った。

会計のとき母はいつもぼーっと立っているだけだし、バナナを購入することができるだろうというのが僕の勝算である。

実際、カゴを二つレジの台に並べても、手前側にある黄色く輝くバナナに気づいていない。カートの中に上手く溶け込んでいた。

バナナを店員さんが手に持ってバーコードを機械にかざしたとき、母の顔が曇る。
「私、バナナなんてカートに入れた覚えないな」と言って少し俯く。

母は自身の記憶を辿りはじめているのだろう。僕はこのまま、「カートにバナナ入れた気もするからまあいっか」的な展開になることを期待するのだが、母は、「こんな高級バナナ、カートに入れるはずないな」と言って僕の方をチラッと見る。

思わず僕は目を逸らした。親の勘は鋭い。

「あんた、勝手にバナナ入れたでしょ!」と僕に言い放った。まさに鬼の形相である。

鬼に何か問われたら正直に答えるしかない。「うん」と言ってバナナを元あった場所へ返しに行く。

今思えば値段を考えずに1番美味しそうなバナナを選んだのが敗因だった。

鬼はそのあとすぐ母に戻って、爆笑していたことをよく覚えている。

「バナナうちにあるし、あんな高いの買えないよ」と母は笑顔で言う。

僕は無断でカゴにモノを入れるといった行為をしたのに、こっぴどくら叱られなかった。

バレたときは金棒でケツバットをも覚悟したが、そんな鬼みたいなことはされない。

もしお菓子を勝手にもう一個入れていたら、もっと怒られていただろう。しかし、バナナでは怒らない。

やはりバナナは強い。

栄養価が高いからか、勝手にカートの中に入れてもさほど怒られない。

成人した今、母の買い物に付き添ってこっそりカートにバナナを仕組んでやろうかな。リベンジマッチ。次は高すぎないバナナをカートへ入れよう。


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