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実はわたし、出身地詐称犯です

出身を聞かれると毎度もやもやとした気分になる。普通に思考停止で、「神奈川県です」と答えればいいのだが、不思議なことに神奈川県民は出身を聞かれて「神奈川」とは答えない。

神奈川県民には「神奈川」というアイデンティティがないのだろうか。いやそうではない。神奈川は面積こそ全体の43位であるから小さいと言えるものの、場所によってその雰囲気の違いがありすぎるのだ。よって、神奈川の「どこ」なのかといった詳細を言わなくては気が済まないのである。

僕は神奈川県は西部の小田原市に住んでいる。小田原といえば戦国時代は北条氏によって城下町が形成されており、豊臣秀吉が「小田原征伐」をしたことによって全国統一を果たした場所として知られているだろう。

あるいは平安の末期に源頼朝が「石橋山の戦い」で負けた地であり、ほかにも東海道の要所「箱根越え」における宿場町としても有名だし、かつて神奈川県は小田原県だった時期もある。

しかし不安になるのは「小田原」という場所にいったいどれほどの知名度があるのかといったことだ。箱根駅伝においても中継所が設けられているし、テレビの天気予報でも神奈川県は横浜と小田原が表示されることは多々ある。

関東在住の人、あるいは静岡県東部の人たちは小田原を知ってくれていることを信じたいが、神奈川県から遠くなればなるほど当然その知名度は低くなるだろう。

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先日、一人旅で鹿児島へ訪れた。ホテルのチェックインで住所を書かされたときも、このフロントのおじさんは小田原市を果たして認知しているのだろうかと思いながら、はっきり・くっきりした文字で「小田原市」と書き、続けて番地と号を書いた。

「オダワラなんておいどん、聞いたことがないでごわす!」
フロントのおじさんはそう思いながら、僕が住所を記入しているところを見てる可能性だって、無きにしも非ず。なぜならここは鹿児島だ。神奈川からはかなり遠い場所にあたるから、小田原なんて片田舎。知らなくて当然。

鹿児島市から離れ、知覧町へ行ったときのことだ。知覧はお茶が有名だから、お土産を買いにお茶屋さんへふらっと入ることにした。いたるところに「知覧茶」と明朝体で書かれたパッケージを眺めていたら、「茶」髪といってもほうじ茶のような茶色の色をした3,40代のマダムの店員さんから声をかけられた。

「一人旅ですか?」
その日はバレンタインデーだった。バレンタインデーに一人旅をしている大学生はきっとマイノリティーであろう。あまり大きくない声で、ぶっきらぼうに「あ、そうです」と答えた。

「一人旅、かっこいいねぇ~、あ、これ試飲してみて」
マダムが温かい緑茶を紙パックに入れてくれた。彼女は僕へ紙パックを手渡す。

「あ、ありがとうございます!」
「お兄さん、どこから来たの?」
来た。この質問。ここで「神奈川県」と言おうものなら本当の神奈川県民ではないし、正直に「小田原」といってポカンとする顔をされれば僕も彼女も傷つくだろう。

では何と言えばいいのか……小田原市を走る車の殆どは湘南ナンバーだから、「湘南」と答えるか。いや、湘南はもとは大磯町のことを指し、その後サザンやら加山雄三の活躍があって茅ヶ崎・藤沢あたりが湘南の中心地になったみたいな風潮がある。しかも、湘南というとどこかチャラい。肌はいい具合に焼け、髪は長髪でサーフィンを趣味とし、春夏秋冬、朝昼晩問わずレイバンのサングラスをしているイメージがある。

ああ、だめだ。僕はそんなあからさまにかっこいい道を歩くような人間ではない。かといってぐずぐずと最適解を考え込んでは会話にならない。僕は意を決した。

「横浜です」
何食わぬ顔で申した。僕は毎日みなとみらいの整備されたビル群を闊歩しています、弁当は崎陽軒のシウマイ弁当しか食べたことがありません、コスモワールドの観覧車で横浜DeNAベイスターズの野球中継を観ることが趣味です、みたいな顔をして(ちなみにカープファン)。

「あー横浜か!さっきも横浜から来たって人いましたよ~」
横浜出身とはマジョリティーに分類されるようだ。だが、おそらくその人も秦野とか、伊勢原とか、相模原とかどうせその辺の人なのだろうと勝手に推測した。

ただ、「横浜」と出身を偽ったときの弊害も存在する。鹿児島市の西郷隆盛像の写真を撮っていたら、観光協会の優しそうなおじいさんから声をかけられたときのことだ。出身を聞かれて僕はいつも通り「横浜」と言うと、おじいちゃんが西郷隆盛と横浜市との関係を話してくれたのだ。横浜の云々寺は西郷どんと関わりがあって云々…、と。地元という地元ではないからその寺の名前も聞いたことはないし、歴史は好きだがあまりその話にはそそられず、力説してくださったおじいちゃんには申し訳ないことをしてしまった。

偽る。それはやはり罪なのかもしれない。

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旅が終わる。
鹿児島空港から羽田空港へ降り立った後は、高速バスで横浜駅へ。横浜駅から小田原まではおよそ1時間。鹿児島空港から羽田空港までも1時間ほどのフライトだった。

フライトの1時間は実にあっという間だったが、電車の1時間が長いこと長いこと。いやいや、小田原市は横浜市みたいなものだと解釈しているので1時間なんてあってないようなものですよね。

横浜駅に着いたときに、もう戻ってきた感あったし。ベイスターズのチームカラーである青とか、僕結構好きだし。これからも東京大都市圏を離れる際は、横浜出身詐称すると思いますが、そこらへん大目に見てください。特にヨコハマの方。

詐称とは罪だ。しかし人を傷つけないための詐称は罪ではない。「横浜出身」という嘘は優しい嘘である。普通に「神奈川」と思考停止で答えればいいんですけどね。





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