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新規事業立ち上げのためのマルチバース・マーケティング戦略

 ベンチャーや地方を拠点とする企業(長いのでS/L企業と略します。Startups and Local based companies から)が、新規事業を立ち上げるケースのマーケティング戦略の相談を、ここ5年ほどいろいろ受けてきて、応用可能なフレームワークにすることができましたので、書いてみます。

■新規事業立ち上げの悩み

 S/L企業の新規事業は、経営者が絶対に行けそうだ、これに賭ける、といった、めちゃめちゃ熱量の高いパッションに基づいた商品やサービスを核にしている点が特徴的です(そうでないケースもありますが、そこは話を単純化させています)。

 一方、大手企業の新規事業立ち上げは、市場動向を見据えて知恵を結集させて参入します。

 どちらも、トップの確信のもと、チームメンバーの力を結集して、新しいことにチャレンジしていく点では同じです。

 大手企業の新規事業の立ち上げは、通常業務が1を100にするビジネスだと言われるのに対して、ゼロを1にするビジネスと呼ばれます。これにならって言うならば、S/L企業の新規事業の場合は、マイナスを100に変えようとするビジネスが多いように思います。

 大手が参入しないことをやれるのがS/L企業だという事情の他に、S/L企業の経営者には、成功したビジョンが見えていて、そのビジョンを手がかりに突き進んでいくために、外からはマイナスに見えるものがそうは見えていないという事情もあるように思います。

 見えているビジョンを整理されたロジックに落とそうという段階で、マイナスに気づいて悩み、相談に来られます。私のお客様には、そういった方が多くいらっしゃいます。

 商品あるいはサービス自体は、または素材自体は大変素晴らしいのだけれど、市場のトレンドに反していたり、市場投入のタイミングが悪かったり、あるいは市場自体が縮退していたりとマーケットの条件が悪すぎるといったケースです。

 そんなときに、既存のマーケティングのフレームワークは、あまり役に立ちません。SWOT分析をすれば、弱み(W)と脅威(T)ばかりが目につき、撤退戦略が最も望ましい戦略に見えてきてしまいます。

 では、機が熟すまで寝かせておこうとなるかというと、そうはなりにくい。成功するビジョンが見えているがゆえに、その理由をうまくロジックに落とせなくても、パッションがロジックに勝っているために、放っておいては機を逃してしまうのではないかと悩んでしまわれるようです。

■SWOT戦略を絶対視しない

 本当は、S/L企業の場合は、SWOT分析にあまりとらわれる必要はありません。誤解をさけるために、より正確に言えば、SWOT把握は行っても、そこから導き出されるクロスSWOTによる戦略は無視してかまいません。

 SWOT分析は、米国の大企業の研究から生まれたもので、日本のS/L企業は想定の範囲外だからです。例えば、北陸地域を拠点とする企業は、豪雪という弱み(W)と少子高齢化という脅威(T)をかかえていますが、撤退戦略は安易な発想であり、より経営リスクを高めてしまいます。
 米国は西部開拓で発展してきた国ですし、出エジプトをナラティブに持つキリスト教をスタンダードと考える国でもありますから、SWOT分析の撤退戦略にマイナスイメージはありません。
 マーケティングツールの背景にも思想があることが分かれば、SWOT分析も相対化することが可能
です。

■ビジョンの産婆術

 さて、成功のビジョンが思い込みに過ぎないのかどうかは、オーソドックスな戦略マーケティングのプロセスに当てはめて判断するしかありません。

 市場環境の流れをきちんとつかみ(PESTや環境分析)、ターゲットを明確にして(STP)、ライバルと差別化した商品やサービスを適切な価格とチャネル、プロモーションで売る(4P)計画に落とせているかどうかで判断します。

 悩まれている経営者の場合は、頭の中のビジョンが、そのままではオーソドックスな戦略マーケティングのプロセスに当てはめにくいのです。

 そこで、経営者に見えている成功するビジョンとその根拠を、対話を通していろいろ聞いていき、経営者の頭の中を言語化、構造化することですっかり外に出してしまうというプロセスを踏みます。いわば、対話を使ったビジョンの産婆術マイエウティケーです。

 経験を通してわかったことは、S/L企業の経営者の頭の中には独特の体系があり、常識的な世界とは少し違っている場合が多いということです。
誰しも頭の中にはその人独自の体系があるものですが、それを世界に寄せることを慣わしとしないで、その二重構造をとても大切にしていて、世間に合わせた仮面と素の自分のどっちも強化されているというか。
成功のビジョンが見えている経営者の思考の世界と、現実の市場が噛み合わないときに、経営者は悩みます。

 孫正義氏や故スティーブ・ジョブズ氏のように唯一無二の会社を創り上げるタイプの経営者は、おそらく自分の世界と現実の世界を結合させる独自のメソッドを持っているのではないでしょうか。

 独自のメソッドがなくても、汎用的なメソッドがあれば、使える場面では使えるかもしれない、ということでメソッドを作ってみました。

 クライアントの頭の中にひらめきがあって、それが何らかの理由で形にならないときは、対話を通して形にしていきます。これが、「ビジョンの産婆術マイエウティケーです。
 一方、ひらめきのきっかけを作るメソッドが、「マルチバース・マーケティング戦略」です。ひらめきの種をマルチバースから取ってくるのです。

■マルチバース・マーケティング戦略

 自分の頭の中の世界と、現実の世界が違うということは、世界がひとつではないということです。これは、アニメや映画の世界ではポピュラーで、マルチバースと言います。スパイダーマンの最新作は、まんまマルチバースの話です。


 世界がマルチバースだと、ひとつの世界(ユニバース)では不可能だったことが可能になります。この発想をマーケティング戦略に持ち込んだのがマルチバース・マーケティング戦略なのです。

 マーケティングの限界は、過去の積み重ねで成立している現在の市場にとらわれてしまうことです。

 マーケットインのプロダクトアウトへの優位性が言われつつも、iPhoneのような画期的なプロダクトが市場を創ってしまうのは、市場の声は過去からの声だからです。マーケティングの対象とするマーケットが過去のマーケットであることはマーケティング戦略の盲点となっています。盲点は、盲点であることを自覚しないがゆえに盲点であり続けます。たまに、初期のiPhoneの成功も、使い勝手の良さやデザインの良さといったマーケットインの文脈で語られているものを見かけることがありますが、これはマーケットインとプロダクトアウトを二元論的に見てしまっているからだと思います。盲点を見るには、二元論の外にある第三の見方をする必要があります。

 市場をマルチバースに見立てることは、市場の常識を世界(ユニバース)へのとらわれと解釈することです。このことにより、強制的に第三の見方が設定されます。

 また、マルチバース・マーケティング戦略は、市場をマルチバースに見立てていますから、過去/現在/未来の時間区分はありません。個人の過去の体験を未来に具現化したものを今見ているのが成功のビジョンなわけで、頭の中の世界に時間を持ち込むのはナンセンスです。

 話が抽象的すぎてイメージしづらいと思いますので、事例を先に書きました。

マルチバース・マーケティング戦略の手法は、
●世界線戻し戦略
●脱セカイ戦略
●異世界転生戦略
の3つです。
 
これらはそれぞれ、視野、視座、視点に対応しています。いずれも、企業が今置かれている環境を、ひとつのユニバースに囚われている状態だと認識することで、別のユニバースを見つけて現状を打開するものです。

「世界線戻し戦略」は、置かれている環境はかつてどこかで世界が選択を間違えてしまったものであるという認識のもと、選択以前の時点に戻ることで現状の不利を脱却しようとする戦略です。造り手がとらわれている視点を変えることが目的であり、暁美ほむらが助けてくれるイメージです。

「脱セカイ戦略」は、現状見えている市場はセカイ(ユニバース)に囚われたものであるという認識のもと、より大きな市場を捉えることで、商品・サービスの位置づけを変えてしまう戦略です。自分が中心に立っていると思っていた世界は、一つの派生世界に過ぎないと認識することで視野が広がり、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)の対象となる市場が更新されます。セカイはセカイ系のセカイです。

「異世界転生戦略」は、ジャンルもしくは世界観を新しく創ってしまうことで後発であることを無意味化させてしまう戦略です。通常に考えられる市場では訴求力が低かったり新味に欠ける場合に、視座を新しい概念に移すことでブルーオーシャンを創造します。異世界転生は「ある世界の住人が死んで異世界で生まれ変わり、前世の記憶を持ちながら転生した別人ないしは別生物として新たな人生をやり直す」という骨子のフィクションです。このジャンルは、なろう系とも言われます。

どれもこっぱずかしいネーミングをつけていますが、二次元おたくに育った息子の磁場が我が家に強力に作用しているためだと思います。ご容赦下さい。

三つの手法の個別の説明は、別途書く予定ですが、事例を読んでしまう方が分かりやすいかも知れません。

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