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美味しんぼの常識を覆した高級三増酒の「世界線戻し戦略」(マルチバース・マーケティング戦略 事例紹介)

安酒の代表として知られる三増酒。ところが、世の中にありえないはずの非常に丁寧に造られたお酒が存在していました。これを品質に見合った価格で売りたいというご依頼ですが、プロモーションにかけられる費用はほとんどありません
通常のマーケティング戦略で市場の先入観をひっくり返すには多額のプロモーション費用がかかるため、マルチバース・マーケティング戦略を取りました。

■世界線戻し戦略

市場をマルチバースと見立てることで不利な条件を個性に変えるマルチバース・マーケティング戦略のうち、「視点」をずらす「世界線戻し戦略」の事例です。

「世界線戻し戦略」は、世界線(現在固定化されてしまっている市場の常識)を、常識が出来上がる以前の世界まで戻してしまうことで、市場の常識をひっくり返します。

■ご依頼内容

世界線戻し戦略を行った事例として、長期熟成日本酒『清力甘露1968』をご紹介します。筑後の珍しい日本酒を、縁あって相当量保有していた老舗の有名日本料理店のお客様の事例です。
『清力甘露1968』は、筑後の清力酒造(現株式会社蔵内堂)が製造した1968年製の熟成日本酒です。お客様は、福岡の老舗日本料理店「てら岡」社長の寺岡直彦様でした。寺岡様は、上皇陛下の皇太⼦殿下時代の献上料理を担当したこともある超一流の料理人で、相撲好きには平成の大横綱白鵬関の九州のお父さんとしても知られています。そんな寺岡様が、その美味しさに惚れ込んで買い付け、そのまま熟成を重ねていたお酒がありました。これをクラウドファンディングサイトのMakuakeで販売しようと思うが、どのように売って良いかわからないので、売り方を教えて欲しいという依頼でした。

清力酒造の事務所は現在は大川市立清力美術館として親しまれています


■常識外れ

このお酒の特徴は、大変美味しい貴重な日本酒であり、それが熟成された三増酒であるということです。

三増酒とは、太平洋戦争末期に国家主導で開発され、戦後の米不足下で普及した糖類添加・アルコール添加の日本酒です。純米酒の3倍の量の日本酒が製造できることから三倍増醸清酒、略して三増酒と呼ばれ安酒の象徴とされてきました。丁寧にじっくり造られた三増酒というのは、熱々のかき氷のようなものです。ありえないはずのものが目の前に存在している。これを品質に見合った高級酒としての適正価格で売るというのが今回のミッションです。

STEP1【認知不協和確認】マイナス要素とありえない事実の存在確認
[マイナス要素]
・日本酒としてマイナーな熟成酒であること
・安酒の代名詞となっている三増酒であること
[ありえない事実]
・安酒であるはずの三増酒なのに丁寧に造られており美味しい
[ゴール]
・高級酒にふさわしい価格での販売

■世界線戻し

常識に反するものが存在するということは、常識が間違えているということです。どこで、間違えた常識ができたのか、今の世界線ができた歴史の時点を調査しました。

「三増酒」が粗悪であるという常識は、作家の開高健と『美味しんぼ』によって広められたことが特定できました。これらの評価は大消費地である東京と大阪を抱えた本州の酒造りに基づいてなされたものでした。
清力酒造は九州の酒蔵であったために、本州の常識にとらわれずに高品質な三増酒を造っていたのです。
しかも、清力酒造は戦中は陸軍指定の酒蔵であり、戦後も酒瓶のラベルには菊の御紋章を配することを許されていたそうです。菊のご紋にかけて低品質な酒を造ることは許されないという矜持で高級三増酒も造られていたのです。

STEP2【世界線確認】世界線の分岐時点の確認
[世界線内容]
・三増酒は利益第一に造られた品質の低い安酒である
[世界線分岐時点]
・『美味しんぼ』「日本酒の実力」
[移りたい世界線]
・三増酒は製法であり、品質とは関係が無い

STEP3【創造的調査】マイクロヒストリー調査
・九州筑後では本州とは異なり丁寧な三増酒が造られていたが、大都市には出回らなかったために、三増酒=安酒の世界線ができてしまった。

■ナラティブの書き換え

常識に反するストーリーをお客様にお伝えするには、説得力だけでは足りません。いくら説得力のあるストーリーであっても、それが読まれないことには、かすりもしないからです。

そこで、Makuakeの商品ページを、雑誌『dancyu』のような雰囲気にすることにしました。写真と見出し、商品名とラベル、すべてをストーリーを感じさせるものとしました。

テイスティング・レポートは、ミシュランで⼀つ星を獲得したこともある大阪・谷町の⽇本酒居酒屋「味酒うまざけかむなび」の伊⼾川店主にお願いすることにしました。伊⼾川店主は、語彙の的確さもピカイチです。

コンテンツの中心は、料理との組合せ方の提案としました。一流の料理人である寺岡直彦氏が惚れ込んだお酒であり、お酒単独で楽しむことも多い現在の純米大吟醸辛口主流の世界線とは異なる世界線のお酒であることを、写真を通じてパッと見で理解していただくことを狙いました。

世界線戻しのヒストリーは、敢えて末尾の読みものとしています。ネットの文章は最後まで読まれずに離脱されてしまうことも多く、逆に文章を楽しむ人は最後まで読んでくれます。

記述には、熟成酒が奈良時代からある日本酒の伝統的な製法の一つでもあることなど、日本酒の長い歴史の中に『清力甘露1968』があることを感じていただけるよう、綿密な調査による世界線の上書きを行っています。

実際、応援コメントの書き込みには「謳い文句に負けました」というものもあり、メッセージは伝わったと思います。

こうして、とても高い値段はつけられないと思われていた熟成三増酒は、高級酒としての適切な価格でMakuakeで完売することができました。

クリックでMakuake→ 現代では造ることのできない幻の日本酒がお蔵だし(53年超熟「清力甘露1968」)

STEP4.【ナラティブ創造】世界線戻しのナラティブ作成
・アルコール添加、糖質添加は日本酒の質とは関係しないことを説明
・九州筑後では本州とは異なり丁寧な三増酒が造られていた事実を明示
・熟成酒は奈良時代から造られており、日本酒はフレッシュなものを楽しむ風潮は明治時代の税制改革によってできたものであることを説明

STEP5.【マーケティング展開】ブランディングへの着地
・Makuakeでは、かむなび店主のテイスティングレポートで美味しさを訴求
・併せて、日本料理店てら岡の販売するお酒らしく、料理とのマリアージュを訴求

■所感

今回は、プロモーションにかけられる費用がほとんどないとのことで、デジマも一切無しでした。なんとか完売できてホッとしました。

日本酒の常識を覆す上品なスイーツのような香味で、歴史的にも貴重なお酒だったので、しっかりプロモーションをかけて一人でも多くの人に味わって欲しい気持ちもありましたが、知る人ぞ知るというのがMakuakeらしさなのかもしれません。今回残った原酒は、今も熟成を重ねています。何年か後に、次のタイミングで市場に出されるのを待っているそうです。

より詳しい裏話も以下からお読みいただけます。


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