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日本酒なのにワインのように熟成された1968年生まれの古酒との縁 ver.1.21

日本最古に縁があるようで、53年ものの日本酒を商品として世に出すお手伝いをさせていただきました。

『清力甘露1968』というお酒、昭和43年仕込みです。

日本酒は、ワインと同じ醸造酒ですから、よく考えたら熟成酒があっても不思議ではないのですが、年代物の日本酒ってあまり聞きませんよね。

でも、日本酒の古酒は奈良時代からあって、古酒がマイナーな存在になったのは、明治の酒税法改革以来なのです。

そうは言っても、現代では超マイナーな存在であるのは事実。私のところに相談が来た時には、Makuake(クラウドファンディング)で売り出すという大まかな方針が既に決まっていたので、そこでどうこのお酒の存在を伝えるかについてお手伝いさせていただきました。

※2021/8/31追記 下記Makuakeは、販売期間終了のためもう購入はできないようです。アクセスはできるので純粋に読みものとしてお楽しみ下さい。せっかくめぐり逢った貴重なお酒なので、なんとか別のチャネルで継続して買えるようにならないか蔵元にリクエストしています。販売再開したらまた追記でお知らせします。

※表題の「ワインのように」は、<熟成させていることがワインのようだ>という意味です。このお酒は樽熟(たるじゅく)ではありません。樽の個性でうまみを出したお酒ではなく、純粋に日本酒の熟成の美味さを追求したお酒です。



■Making of テイスティング・レポート

いくら古くて珍しいお酒でも、美味しくなかったら価値はありません。試飲させていただいて真っ先に思い出したのが、島根・若林酒造の『開春「寛文の雫」 木桶熟成』でした。というのも、俗に言う甘口の酒のような甘さではなく、上質なスイーツのような熟成感のある甘みで、傾向的に似たお酒が他に思い浮かばなかったからです。

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[↑ロックでも美味しいのが熟成酒の魅力のひとつ]


ただ、ひとくちめを口に含んだときは確かに似ていると思ったのですが、『寛文の雫』が島根の山深さを思わせる香味なら、『清力甘露』の方は都会的な香味です。たとえて言うならYMOをリマスタリングしたものをアナログレコードで聴くような歴史感のある味わいというか。味わえば味わうほど、両者の違いが際立ってきます。でも、YMOのような味と言われてもなんのこっちゃかわからないですよね。

そこで、テイスティング・レポートを、私に「寛文の雫」を紹介してくれたミシュランで⼀つ星を獲得したこともある大阪・谷町の⽇本酒居酒屋味酒うまざけかむなび」の伊⼾川店主にお願いすることにしました。

伊戸川店主は熟成酒の研究も長年されていて、この世界の基準酒である『達磨正宗  昭和50年』はじめ、多種多様な熟成酒が経験というデータベースに入っています。レポートを引き受けていただけた時は本当に嬉しかった。
伊戸川店主の日本酒の造詣の深さから来る的確なレポートは、ぜひMakuakeサイトでお読み下さい。まさに無料で読める『dancyu』です。



■熟成酒のマイクロヒストリー

美味しいという必要条件を満たしていても、日本酒の熟成酒が超マイナーな存在であるのは間違いありません。安心して選んで頂くための情報という十分条件を満たさなければ、まともな商品にはなりません。

日本酒は古くなるとお酢のように酸っぱくなるという間違えた都市伝説を信じている人も少なくないですし、辛口の酒こそが日本酒だと信じて疑わない人も多くいらっしゃいます。

酸っぱくなるのは酢酸菌が混じってしまった場合で、それはワインも同じです。だからお酢には、米酢もあればワインビネガーもあるのです。
また、昔は美味しい日本酒のことを甘露と呼んでいたくらい、美味い日本酒=甘口が常識だった時代が長らく続いていました。現在はいろいろな蔵元が日本酒の様々な美味さを追求しています。甘口だから辛口だから美味しいといわれていたのは過去の話です。

そこで、二つのコンテンツを取り入れることにしました。

ひとつは、読み物としての熟成酒の歴史です。

『清力甘露』は、九州・筑後のお酒なのですが、かつては灘、伏見と並ぶ三大酒処の一つです。それだけに、豊富なエピソードがあります。ところが、蔵元や日本料理店のお話をいろいろ聞いていると、どうも私が知っている日本酒の歴史と違うんですね。これはマイクロヒストリー(※)だと思いました。

※マイクロヒストリーとは、最近注目されている歴史学の手法のひとつで、国家単位ではなく地域や人物などから歴史を捕らえ直そうというものです。

昭和初期に大阪の酒商が、ある時、上得意先の東京の料理屋に、伏見の最高級の吟醸酒を卸したところ、あんな悪酔いのする水っぽい酒は客に出せないと言われたことがあるそうです。
その酒商は、研究を重ねてこれぞをいう酒をその料理屋に届けます。けれども、持って行く酒、持って行く様、どれにもダメ出しされるので、ある日、相当量の加水をした酒を、等級を書き換えて届けさせることにします。
すると、こんないい酒があるのになんで今まであんな酒を持ってきたんだと言われたそうです。
こうして、くだんの酒商は、東京と大阪では酒の好みも飲み方もまるで違うことを思い知ったというエピソードを、日本酒のマイクロヒストリーとして興味深く読んだことを思い出しました(大島朋剛「日本酒ブランドの形成事情ー近代酒造業の展開」HUMAN05所収)。


というのも、『清力甘露』は、シャンパンのドサージュのように糖度調整をしている現在では行われていない製法で造られているんです。

まさに唯一無二、今後二度と手に入らないお酒なんです。ただ、唯一無二はいいのだけれど、日本酒好きには届かないリスクもあるお酒なんですね。

そこが『清力甘露』の魅力でもあって、日本酒の戦後史におけるちょっとした事情を塗り替えるマイクロヒストリーが、このお酒にはあるのです。

その事情とは、この唯一無二さが、日本酒の歴史的には、<過去にはスタンダードだったけれども、後に>東京や大阪発で黒歴史とされてしまったというエピソードです。三増酒と言えばピンとくる人もいるかと思います。

ただでさえ、あまり知られていない日本酒の歴史を掘り起こす必要があり、しかもその知られざる歴史を知っている人の価値観をひっくり返すお酒が、ファクトとして目の前にある。これは、心してかからねばと思い、農業から流通、経営史まで日本酒の戦後史に関わる資料や論文集めを始めました。国税庁酒税課のサイトも丁寧に読みました(けっこう充実しているのです)。まあ、このあたりはコンサル屋の性分ですね。


大資本が主流の東京や大阪では、糖度調整は粗悪なお酒の乱造目的で行われていました。マスコミは東京や大阪が中心ですから、その歴史はナショナルヒストリーとして人口に膾炙します。でも、九州では大都会とは全然違った丁寧な酒造りが行われていました。

少なくとも清力酒造では、プライドを持って技術を磨いて地元に喜ばれる酒造りをしていた。53年前は、今ほど東京一極集中が進んでいませんし、マスコミも発達していませんから、九州の酒造りは東京流や大阪流の影響はそれほど強くは受けていなかったのでしょう。まさにマイクロヒストリーです。

奈良時代からある熟成日本酒の歴史が、なぜ明治時代にぷっつりと途絶えてしまったのかという日本酒の政治経済史の延長線上に、東京や大阪ではまったく知られていなかった、開高健や美味しんぼが日本酒史上最大の悪役として糾弾した糖度調整酒のもう一つの歴史を接続したい。九州の地には彼らが思いもよらなかった明るい歴史があったことを知り、ファクトとしてそのお酒が目の前にある以上、表に出さなければなりません。


■食中酒やアイスクリームにかけてもおいしい

読みものとして入れた二つめは、このお酒の愉しみ方についてです。
蔵元に教えてもらったのですが、筑後のお酒は、食と不可分なのだそうです。
筑後の酒造りは、古来、料理の魅力を引き出し、料理によって魅力が引き出されるお酒をコンセプトにしており、今もその意識は変わらないそうです。

そこで、このお酒と合う食も紹介することにしました。
日本酒と料理のマリアージュと言えば、かむなびの真骨頂です。
また、このお酒の販売元は老舗の日本料理店であり、店長は大御所の料理人でもあります。酒造元の社長を交えて鼎談を開こうと思いつきました。

奇しくもコロナでみなさんリモート鼎談に抵抗がありません。様々な角度から、いろいろな熟成酒の愉しみ方がご紹介できたかと思います。

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[↑熟成酒のあわせは濃厚な料理が基本だそう]


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[↑このあとアイスクリームにかけてしまいます]
アイスクリームにかけるのは、「鄙願ひがん」プロデュースの⽇本酒専⾨酒店「酒ほしの」(新潟・燕市)のおすすめです。


■ナラティブ・マーケティング

今回ご紹介したような、素晴らしいけれども伝えにくい商品や地域やサービスのブランディングやマーケティング、それを扱う会社の経営コンサルが私の普段の仕事です。

地方の企業や地域の逸品には、教科書的なマーケティングが利きにくいものが多いので、ナラティブ・マーケティングが重要になってきます。ナラティブとは物語のことで、物語を発見することでその商品とか企業とかのアイデンティティを再帰的に構築します。

物語といってもフィクションではダメで、ファクトに根ざさないと強さが出ません。そこで、マイクロ・ヒストリーだとかナラトロジーとかの手法を使います。

これまでは守秘義務の関係でnoteに仕事のことを書けなかったのですが、いろいろローンチしてきたり、今回のようにマイクロビジネスのものもありますので、可能なものについては、今後機会をみて紹介していきたいなと思っています。



■【おまけ】未採用ネタ

美味しさで勝負したかったので、生年ネタはマクアケには書きませんでした。それに、1968年生まれの有名人って本当にたくさんいらっしゃるので、書き切れません。

ただ、『清力甘露1968』は誰のイメージか、なんて飲んで言い合う遊びは面白そうです。ヴィンテージワインほどではないとはいえ、稀少ゆえに決して安くはないお酒ですけど、かしこまって飲まなければならないというわけではありませんので。
私的には、羽田美智子メイン、北澤豪風味で、ハル・ベリーかな。上品さが羽田美智子、シャープ&マイルドな北澤豪、評判になっていないのに実際は素晴らしい映画『キャットウーマン』のアカデミー賞女優ハル・ベリーです。

それと時事ネタも避けました。1968年(昭和43年)は良いことも悪いこともあった年です。1968年をタイトルに冠した新書が2冊も出ていますし、大著もあります。それだけエポックな年なので、あえて語らずが花としました。

本を肴に味わうのも一興ですが、それだと気がつかないうちに飲み干してしまうかもという危惧もありました。やっぱり味わって(伊戸川店長のいうようにひとくち5分くらいかけるほどじっくりと)飲んで欲しいですものね。

[↓タイトルに1968年を冠した書籍はこれでほんの一部なんです。驚き。]

ver.1.1 minor updated at 8/23/2021(大阪の酒商の話の記憶違いを改めました。末尾の1968年本紹介を出版社のサイトからAmazonに変更しました。本当は書店を問わない出版社のサイトのままにしたかったのですが、ちゃんと表示されたのは平凡社だけで、他は筑摩も朝日も新曜社も本のタイトルや表紙さえまともに表示されないのでやむを得ず。出版社は自社サイトをOGP(Open Graph Protcol)を意識したものに作り変えないと、書店はオンラインも実書店も根こそぎAmazonに持って行かれてしまうぞと危惧します。
ver.1.2 minor updated at 8/31/2021(Makuake販売期間終了につき、その旨を追記しました)
ver.1.21 minor updated at 9/7/2021(一部、長文を区切って短文に分けて読みやすくしました)


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