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まだ地図に載っていない福井県竜声地方の「異世界転生戦略」(マルチバース・マーケティング戦略 事例紹介)

地域区分も異なり観光客の重なりもほとんどない三市町が、高速道路の開通を機会に周遊されるために、同じエリアになるようマルチバース・マーケティング戦略で異世界に転生していただきました。

■異世界転生戦略

市場をマルチバースと見立てることで不利な条件を個性に変えるマルチバース・マーケティング戦略のうち、「視座」を移す「異世界転生戦略」の事例です。

「異世界転生戦略」は、ジャンルもしくは世界観を新しく創ってしまうことで後発であることを無意味化させてしまう戦略です。通常に考えられる市場では訴求力が弱かったり新味に欠ける場合に、視座を新しい概念に移すことでブルーオーシャンを創造します。

■ご依頼内容

異世界転生戦略を行った事例として、「福井県竜声地方」をご紹介します。竜声地方は、大野市・勝山市・永平寺町の三市町からなるエリアですが、この地域名は、まだ地図には載っていません。

旧来の地域区分では、大野市と勝山市は奥越地域に、永平寺町は福井坂井地域に分類されます。

それが2017年に、着工中の中部縦貫自動車道の一部先行開通区間である永平寺大野道路の全線開通によりエリアとしての一体性が生まれることになり、2024年の北陸新幹線福井延伸や2026年の中部縦貫自動車道の福井岐阜県間接続(大野油坂道路開通)をにらんで、三市町が一体となって観光機運を高めていくための「大野・勝山・永平寺観光推進エリア創出企画推進委員会」が2016年に設立されました。

出典;「福井県長期ビジョン」(2020年・福井県)

本件のもともとの受託内容は、福井県の勝山市・大野市・永平寺町の三市町から成る周遊・滞在型観光推進エリアを創出するという大きな計画の下に実施されるハードソフト様々な30以上の事業のうちの一つとして、エリアの特産品を幅広く活用した商品開発を行うというものでした。

■バラバラの三市町

受託した事業には、エリアの周遊を促進するという目的がありますから、エリアの周遊の現状について理解しておく必要があります。観光動態調査報告などを調べてみますと、勝山市、大野市、永平寺町の観光の現状は、どの市町も一点集中型であり、観光客の属性が被っていないことが分かりました。

勝山市の観光の中心は30代・家族連れ・関西・中京からの訪問が主な恐竜博物館、大野市の観光の中心は60代・夫婦・県内・中京からの訪問が主な天空の城で知られる大野城とその城下町、永平寺町の観光の中心は大本山永平寺で、60代・男性が主で、全国から満遍なく訪問されているものの県内からの観光者はあまりいません。

このように、三市町の観光客のデモグラフィック(顧客属性)がバラバラであるということは、周遊がなされていないことの証明でもあります。年齢や性別、構成がバラバラなのは、それぞれの観光スポットの訴求対象が異なることの反映として理解できますが、観光者の居住地もバラバラというのは、三市町が一つのエリアとして認識されていない実態を表しているように思います。

地元の意識としても、それぞれが別々のエリアであるという認識が強いように思います。
これは、勝山市は石川県に隣接し、大野市は岐阜県に多く隣接し、永平寺町は他県とは隣接しないという地理的な条件の違いに加え、奈良時代に開山された白山平泉寺の文化的影響力の強かった勝山市、鎌倉仏教の中心地の一つである大本山永平寺を町名に冠する永平寺町、安土桃山時代に拓かれた大野市と、地元が誇りに思う文化歴史的背景が三者三様に異なることも影響しているようです。
まして、勝山市と大野市は奥越地方としてくくられますが、永平寺町はそうではないために、三市町をひとつのエリアと思えという方が難しいのです。

このような状況下では、どんなに素晴らしい商品ができたとしても、それで三市町の周遊を促進するのは困難です。しかも、委員会には、過去にスタンプラリーなどで無理やり周遊させる試みをして支援期間だけの関心で終わった経験があるため、補助事業の期間が過ぎたらそれで廃れてしまうような支援にはしたくないという強い意向がありました。

STEP1【認知不協和確認】
・周遊させたいエリアが、ひとつのエリアと見なされていない

STEP2【閉塞状態確認】
・異なるエリアに属する三市町を周遊させなければならない

■異世界転生

そもそも三市町をひとつのエリアとして観光客に、そして地元の人々にも認識していただかないことにはエリアの周遊を促進させることはプロモーション頼みになってしまうし、それでは事業期間が満了した後に何も残らない可能性が高いということを、委員会の担当者はすぐに理解してくれました。

しかしながら、地域区分というのは歴史的な背景で決まるものです。唐突に新しいエリアを創出しても、それこそ受け入れられるのはプロモーション頼みになってしまうでしょう。新しいエリアの創出には、説得力あるロジックと納得感のある物語(ナラティブ)が必要です。

異世界転生戦略は、今ある環境をいったん無かったことにして、全く別の環境に視座を移します。今回のケースで「今ある環境」というのは、歴史的な必然で作られた既存の行政区分です。

歴史は、人の営みによって作られます。それを無かったことにするには、自然に注目することが必要です。自然には行政区分は無いからです。

「大野・勝山・永平寺観光推進エリア創出企画」のコンセプトは、「崇高なる霊峰白山・清流九頭竜川が育んだ、大自然、歴史・文化を活用した観光地域づくり」です。このうち、白山は永平寺町にはかかっていませんので、九頭竜川に着目しました。

九頭竜川は、福井県最大の一級河川であり、支流を含めれば福井県の北半分の全ての自治体域がその流域地域となります。三市町はその上流に位置し、歴史的な多様性を獲得する以前に共通性を求めることができます。
古墳時代に越の国(福井県から秋田県にまたがる地域に存在した古代の国)出身の継体天皇が、九頭竜川の治水により勢力を拡大したことが地元ではよく知られており、ナラティブとしても好適です。

依頼の中心であるエリアの特産品を活用した商品は、道の駅での販売を主とし一次産品やその加工品をパッケージングすることで既存商品との競合を避けてほしいという委員会の意向を最大限に活かし、地元の人々にもひとつのエリアとして認識してもらう必要があることから、地元の野菜や山菜、畜産物や川魚を使った簡単創作料理の材料という渋めのものになりました。

例えば、永平寺町の蕎麦の実を炊き込んだ混ぜご飯や、勝山で取れた鮎のサラダ、大野の上庄里芋の素揚げのスープといったメニューを季節毎に開発し、「九頭竜ごはん」としてネーミングしています。
いずれも、県内の実力あるフードコーディネーターに協力いただき、定番の調理法とは違ったもので、真似して作っても良し、啓発されて新しい調理法を考案されても良しで、事業終了後の「九頭竜ごはん」の定着を狙っています。

商品としての素材となる地元産品のセットの名称は、「九頭竜の声」としました。声はKOEすなわち勝山市・大野市・永平寺町の頭文字を組み合わせたもので、九頭竜川のせせらぎやヤマビコなどの自然の音、その地で暮らす人たちの生活音や観光客の楽しむ音など様々な音を、九つの顔を持つ竜の声に見立てたものです。

この「九頭竜の声」のする地域ということで、勝山市・大野市・永平寺町という新しいくくりのエリアの愛称を「福井県竜声」地域としたのです。

STEP3【調査・創造】
異世界創造・九頭竜の声(KOE)というブランド創造を基点にした竜声地方というエリア愛称の創造

■ナラティブの創造

竜声(りゅうせい)は、流星を思い起こさせます。
大野市は、2年連続で「日本一美しい星空」(1988年から2012年まで25年間継続された環境省全国星空継続観察で2004年と2005年)に認定され、今も小笠原諸島や竹富島などと並んで星空のきれいな場所として知られています。
大野市と勝山市にまたがる六呂師高原は人気の天体観測スポットであり、永平寺町の浄法寺山なども星空観測地点として人気があります。「商品」を超えたこの地域の魅力を、エリアの愛称で知ってもらおうという狙いです。

また、竜声(りゅうせい)は、隆盛にもつながります。商売繁盛の縁起の良い地域愛称で、行政が力を入れている企業誘致の後押しができれば良いなという狙いもこめられています。

行政としては新しいエリアの名称を作るのは大変なエネルギーが必要でしょうから、エリアの愛称というかたちで民間から提案させていただきました。

条件の良い世界が無いことが原因で困っているなら、条件の良い世界を創ってしまおうというのが、異世界転生戦略のスタンスです。まだ始まったばかりの取り組みですが、長く親しまれる愛称になることを期待しています。

STEP4【ナラティブ創造】
異世界転生のナラティブ作成・流星や隆盛につなげることで、商品に限らないエリアの魅力を訴求


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