死の指
「あなたはわたくしを尊敬していると、信頼していると、好きだと、そうおっしゃいました。ですがわたくしは、あなたに尊敬などされたくありません。誰かを尊敬することを、尊敬できる人に恵まれることを、あなたはよいことだと、幸いだとお考えなのかもしれませんが、尊敬のまなこで人を見ることもまた偏見だということ、あなたはお考えになったことがありますか。あなたはわたくしに、何か光を見ていらっしゃる。ですがその光が、あなたがつくり出したまさにその光が、あなたの目玉を刺しているんですよ。あなたはわたくしの言葉一つひとつに、何か深いものが込められていると信じていらっしゃる。ですがわたくしの言葉に、浅いも深いもあるもんですか。わたくしの言葉はただわたくしの言葉に過ぎません。尊敬、信頼、恍惚、好意。他者に対するプラスの色をした見方だって偏っています。わたくしは尊敬などされたくありません。信頼などもってのほかです。そんな目で見られたら、わたくしは歪みに歪んで、最後には消えてしまうんですから。尊敬できる人を見つけるべきだとか、信頼できる人を探しなさいとか、そういった通念という筋肉によって動く手を、わたくしに向かって伸ばされても、わたくしからすればそれは死の指です。わたくしを殺そうとしているという自覚がありますか。わたくしという存在を、尊敬できる人間という観念に置き換えているという事実、この事実を、いったいどうお感じなんですか。わたくしは嫌です。殺されるなんて。わたくしはただ、わたくしという一切の言葉なき存在でありたいんです。もしかしたらあなたは、何者かでありたいのかもしれない。意味づけや定義づけされないと立っていられないのかもしれない。ですがわたくしは、何者でもありたくありません。わたくしから、わたくしという未知を、不可思議を、不明を、それ自体を奪わないでください。こんなふうに述べることすら本当は嫌なんです。わたくしはわたくしを、いかなる言葉でも形容したくないんですから。どうかわたくしを、そんな濁った目で見つめないで」
(了)
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