平気で嘘をつく

 今日も平気で嘘をついた。顔を覗き込まれても大丈夫だよって笑ってみせた。「平気?」って聞かれたら平気だよってやまびこになった。

 にこにこ嘘をついていた。いいなって、何も感じていないのに言った。ほしいって、思ってもいないのに言った。なにあの人って、無感情で同調もした。

 嘘はいけないことだってひどく怒られているところを、帰りのショッピングモールで見かけた。小さな子どもで、親らしい人に叱られていた。ろくでもないみたいな目がぽつぽつ浮かんでいた。ような気がする。そのとき自分も同じだと思った。同時に自分なんてない、いないんだと再認識した。自分の言葉や振る舞いに本当なんてないんだから。

 苦しいなぁって毎日のように思う。苦は、生が実らせる毒のある果実なんだなって。それ食べてお腹押さえて、顔真っ青にして、汗だらだら垂らして、吐いて下して、そうして少し落ち着いてきたときに感じるもの。それが幸せだって、本当の幸せはこれだって考えてみる。でもそれもまた自分がついている嘘だってことには気付いている。気付いているけど自分を叱ったりはしない。せずに、本当の幸せはね、なんて文字を打ってみたりする。言ってみたりする。やりたいことをやっている。好きを追いかけている。楽しいこともある。なんて、叱られることのない嘘で自分はできている。そうしてその嘘は他人の嘘でもあった。人のついてきた嘘で自分はできている。だから自分なんてない。いない。

 嘘つくな。なんで嘘ついた。叱っていた親の低い声が、お風呂に入っているときに聞こえてきた。口元までお湯に浸かって、ぶくぶく答えてみる。そうして目を閉じる。引っ叩かれた幼さがぼうっと浮かんできた。目を開けて浴室を出た。鏡に映っている自分。髪の先から足の指まで嘘で濡れている。それを拭こうともしない。拭ってしまったらどうなるか知っているから。知らないよって試しに言ってみる。俯きながら。嘘つきって笑いがどこからか聞こえてきた。そうして自分は、自分は笑わない。ただ濡れたままでいるだけ。そうやって日々を折り重ねていくだけ。顔を上げたら鏡には嘘が映っていた。嘘がにやりと笑っていた。

                               (了)

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