あなたとして、人生を

 そんなのどうでもいいだろう。そんなことを考えて何になる。時間の無駄だ。

 そういったことを言ってくる大人に、あなたは絶対、ついていってはなりません。そういった人たちは、あなたに考えることをやめるよう、常識とか現実とかいう言葉を使って、荒々しく諭してくる。だけど思考を、決して放棄してはいけません。それは、あなたという存在の死です。あなたがあなたでありえるのは、あなた自身が、自らの力で考えているときだけなんです。

 なぜ人を殺してはいけないのか。人はどうして生まれてきたのか。なんで嘘をついてはいけないのか。どうしたら幸せになれるのか。そもそも幸福とは何か。人間とは。美しいとは。愛とは。存在とは。正しさとは。生きるとは。心とは。自分とは。

 こういった、抽象的で、しかもおよそ答えの出ない、あなたにとって最も重要な問いを、あなたは大切にしなければいけません。そうして、考え続けなければいけないんです。動物の命を奪う権利が人間にあるのか。たとえばこのことが、気になって気になって仕方ないのなら、あなたはこの問いを、じっと見続けなければならない。なんで自分は生まれてきたんだろう。この疑問に、胸を掻きむしってしまうほど苛まれているのなら、あなたはもっと、爪を強く立てなければならない。あなたにとってどうしようもない問いこそが、考えずにはいられない疑問こそが、あなたという人間を、確かに縁取っているんですから。

 だから、考えることをやめるよう言ってくる大人は、殺人鬼です。近寄ってはいけない。そんなことをしたら、あなたという存在が抹殺されてしまう。あなたの核となる問いを鼻で笑うような人間は、もっと大事なことを考えろとか言ってくる人間は、人を殺した経験のある存在です。その身にこびりついている返り血のにおいを、嗅げるようになってください。

 同時に、すでに答えを持っている大人は、全員等しく偽物です。答えを出したということは、もう考えないということです。だけど、およそ根源的な問いに、答えが出るなどありえない。出した結論に、確信など得られるはずがないんです。答えとは、ごまかしの、妥協の、逃げの別名です。だから、答えを高らかに掲げられる人間は、無自覚な死人であって、ほかの、思考し続けている人間を道連れにしようとする、人殺しです。だから、殺人鬼から逃げようとして、その背中を追ってはいけない。その先にあるのは崖です。必ず突き落とされる。あなたという人間の死が待っているんです。答えを出してはいけない。これが本当に答えなんだろうか。そんな不安を持ち合わせていない人間は、脅威です。これでいいって、正しいって、平然と言える者たちから、どうか離れて。

 行動を積極的に勧めてくる人間も、殺人者です。考えるよりもまず行動。この合言葉を耳にしたら、すぐに隠れてください。見つかったら、あなたは考えることを放棄させられ、行動という手で首を絞められ、窒息します。往々にして、考えることも大切だけど、なんていう台詞がくっついていますから、惑わされないでください。行動とは、何をも考えない人間のすることです。考えずにいられる人間のすることです。考えずにいられるとはどういうことか。生きることから逃げたということです。現実から目を背けたということです。人間としてはもう、死んでしまっているんです。行動ばかりを重視する人間は、死を求める存在です。

 あなたを殺そうとする大人は、あなたを一人の人間としてではなく、まるで愚か者のように扱い、そんなことを考えているお前はまだまだ未熟だって、そんなふうに説いてくるでしょう。哲学とか幸せとか現実とか生活とか、そういった単語を安易に用いる人間は、極めて危険です。これこれについて考えるべきだ、と思考の対象を指定してくる相手もそう。あなたにとっての根源的な問いを尊重できない者は、包丁を握り締めています。子どものくせに、とか、子どもの言うことなんて、とか、たとえばそんなささやきが、もしも聞こえてきたのなら。そんな態度が見えたなら。どうか、気をつけて。身を守って。

 それから、一人の時間を大切にしてください。孤独こそ、あなたが一番、あなたらしくいられる瞬間です。友達とか仲間とか、そういった聞こえのいい言葉で、人間関係の海に飛び込むことばかり勧めてくる、そんな人間の手を、絶対に握り返してはいけません。そういった人が浮かべている笑顔は、お酒です。あなたを酔わせようとするための。考えることは確かに苦しい。答えの出ない問いに向き合い続けることは、心で嘔吐し続けること。吐くものがなくなっても、えずき続けることなんです。だからつらくて、どうしようもなくて。逃げたくなる。誰かに頼りたくなる。でもそれは、あなたの死です。そんなふうに自殺してはいけない。部屋の天井をただ見つめ続けること。あぜ道を歩き続けること。空を見上げること。あなたなりのやり方で、孤独をぎゅっと、抱いてください。たとえそれが、どれだけ冷たくて、痛かったとしても。離したら、駄目です。

 考え続けてください。あなたの目に映るものを、そのままの形で、大切にしてください。あなたがこれまで感じてきたものから生まれた問いを、決して捨てようとしないでください。思考を止めてはいけません。安易に答えを出しては駄目なんです。求めてもいけない。他人の言葉に納得しないでください。本を読んで分かった気にならないでください。知ったつもりになるのはやめてください。そうして、あなたを殺そうとうろつき回っている人殺しの目を、怒声を、じっと、耐え忍んでください。

 私はあなたに、傷つけと言っている。考えないほうが楽なんですから。ごまかすほうが、答えを出してしまうほうが、ずっと簡単なんですから。否定はしません。ここまで読んだあなたは、あるいは不愉快に思ったかもしれない。それでも私は、言わずにはいられない。たとえあなたに嫌われるとしても。結果としてあなたが、苦痛にまみれるとしても。私のこの言葉が、あっさり打ち捨てられるとしても。だから、言います。

 生き抜いてください。あなたとして、人生を。

                               (了)

読んでいただき、ありがとうございました。