所有

 一切には、眼前の存在すべてには、悲しみの色がこんなにも濃くへばりついている。どれほど腕を伸ばし、指を絡ませようとも、あらゆるものは消失していく。瞬間瞬間存在は、孕んだ死を産み落とし、この目玉に見せつけてくる。そのまみれた体液の滴る音は、地獄の響きそのもので、空も水も草木も肉も、振りほどけない滅びのにおいをまとっている。消えていくからこそ、なくなってしまうからこそ美しいんだとはどうしても言えない。どれほど深く息を吸って、体に力を入れようと、このどうしようもない悲哀を肯定することができない。言葉のうえでさえ認められない。所有とは喪失のペンネームだ。どれほど綺麗で、鮮やかな物語を描こうと試みても、指の隙間からこぼれ落ちていくものはすくえない。失う。あらゆるものを唐突に、偶然与えられたこの血肉は、まさに唐突に、全存在を奪われていく。事実は、希うことの彼岸にある。すがる声の届かないところに。喪失。亡失。いかなる音を並べようとも、その瞬間やってくるものは表現できない。存在であるがゆえの痛み。痛みに首肯することはできない。意味を理屈を取り繕ったところで、訪れるものはごまかせない。呑まれるだろう。すべては存在であるがゆえに。所持。保有。試みられた把持。哀傷で、手は目玉は、赤く鈍く濡れるだろう。震える唇は絶対的なものを嘔吐するだろう。崩壊は止められない。そう直覚させられている。だから。こんなにも喉の奥が気持ち悪い。

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