涙が止まらない

 ふっと涙があふれて、そうして止まらなくなり、いくら拭っても、のどは震えて。

 それは、家にいるときもそうだったし、電車に揺られているときもそうだった。気づけば、青いハンカチが手放せなくなった。そのうち、ひとつでは足りなくなった。トイレやひと気のない場所へ、よく逃げ込んでいた。家だと、そで口やえりの色が、しょっちゅう。

 数分で止まることもあれば、一時間、あるいは一晩中濡らしていることもあった。とろとろとにじむこともあれば、さらさらと伝っていくこともあった。

 自分がなぜ泣いているのか、よく分からない。ただ、しずくがぽたぽた落ちていく。服に染みて、足元に染みて、消えていく。気づいたら、疲れがそばにいた。その疲れに、そっと寄りかかって、よくまぶたを閉じた。

 涙して楽になるわけでもない。何かが溶けていくわけでもない。胸が晴れることもなければ、澄むこともない。あふれたきらめきには、一切が映っていない。悲しいのかも、苦しいのかも分からない。どんな言葉も、ピンとこない。

 ただ、鼻をすすっていないと汚くなることだけは分かっていた。こぼれてくるものが、ひどく熱いことも。

 泣いているところを見られたり、あるいは知られたりして、そうして言葉をかけられたときも、自分が何を言われているのか、よく分からなかった。

 大丈夫ですか。どうなんだろう。
 つらかったね。そうなのかな。
 がんばったね。ううん、そんなことない。
 もういいんだよ。何がもういいの。

 涙は、勝手に決めつけられていく。無造作に色づけられていく。いくら分からないと言っても、この涙は分類される。されてしまう。

 理由も分からずに泣いていてはいけないんだろうか。落涙には、はっきりとした意味やわけがなければならないんだろうか。どうして世の涙には、最初から色がついているんだろう。

 はらはらと落ちていく涙をどれほど見ようとも、すっかり濡れて光っている手をじっと見つめても、自分の心は見えなかったし、これっぽっちも分からなかった。しゃくり上げている自分の声に、いくら耳を澄ましても、何を言っているのか、さっぱり。

 こうして言葉を書きながら、またふっと、泣いている。潤む視界をぎゅっと閉ざして開いたら、キーボードの上で、玉が弾けた。人差し指で拭ったら、ひどく生ぬるくて。涙は、冷めるのも早い。

 ひゅっひゅっと鳴るのど。痛む目のふち。ひりひりするほっぺた。

 今日も涙が止まらない。

                               (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?