タイトルは

 図書室にそっと入れば、窓際の席に、あの男の子がいました。垂れた前髪。机の上の本に、これでもかっていうくらい、その色の悪い小さな顔を近づけていて。白い陽光を吸ったほこりが、猫背の周りで、きらりきらり。本棚の陰に立ち、背表紙を、指の腹でなでながら、その子をじっと、見つめました。机の下の上履きが、乱れがちに時間を刻んで。青くてごつごつした手が、さらりさらりと、ページをめくって。吹奏楽部の楽器たちが、窓の透明を、淡く淡く、叩いています。うなる冷房。ふくらむふくらむ、セミの声。

 目の前にあった一冊に、人差し指を引っかけて。一番後ろを開いて、貸し出しカードを引っ張り出しました。知っている名前はなくて、元に戻して。また、別の文庫を取り出し、瞳を垂らして。繰り返し。そうして、目当ての名前を見つけたとき、その文庫を、きゅっと抱いて。とんとんとんと、背伸びして。本棚の胸元から飛び出せば、ぶつかりそうになりました。

 声が出なくて、勢いよく頭を下げたら、その子は右手を、胸元で軽く開いて。顔は、見られませんでした。左手には、さっきの文庫。タイトルは。

 本棚に顔を寄せているその子を、カウンターから、ちらりちらりと盗み見て。にじむ汗。張りつく真っ白。二の腕のにおいをそっと嗅いで、ふっと息を吐いて。本の名前を、舌の上で転がしました。

                               (了)

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