お話

 ずっと疑問だった。なぜ人は、僕と話してくれないんだろうって。逆にどうして空は、月は、草は、雨は、犬は、鳥は、蚊は、宵は、石は、いつまでもいつまでも、眠っているときでさえ、話しかけてくるんだろうって。もう何年も感じ続けて、夜、暗闇のなかであの死を、あのすべての滅びを、絶対的なものを強烈に意識させられたとき、やっと分かった。僕は人間ではないんだと。そうではなくて、空で、月で、草で、雨で、犬で、鳥で、蚊で、宵で、石だったんだと。僕の一切はそれらで、それら一切は僕である。だから人間とは話せないんだ。僕はそれらと共通の言語のもとで育ち、その言語でしか話せない。二つの言語は僕には扱えない。僕らの言葉と人々の言葉を繋ぐ辞書はないんだ。けれどそのことに気がついて、不思議とさっぱりした気持ちだった。僕は孤独ではなかった。一切とのおしゃべり、お話がある。さぁ話そうじゃないか。夜は涙を流しても笑いやしない。朝は言うことをきかない体に怒鳴ったりはしない。緑はいつだって風とともに声をかけてくれるし、日影はその熱で震える指先を握り締めてくれる。羽は翼は落ちた葉は、何度だって何度だって会いにきてくれる。水は笑いながらからかいながら、言葉を返してくれる。さぁしゃべろう。いつまでもいつまでも。僕らの言葉で。お話で、眼前は満ちている。

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