保険業界がESGに取り組むべき理由

はじめに

自社でESGに関するアンケートに答えることで、ESGスコアを算定するESGリスクレーティングツールの日本版をローンチすることもあり、2022年から自分が通常業務の傍らでESGに関する取り組みを行っていることについて、現状考えていることをまとめたいと思う。
 
今回このnoteを通じて訴えたいことは、保険業界がなぜESGに取り組むべきなのかということであるが、これは保険会社が株式市場において機関投資家の地位を担っていることなどという社会的な立ち位置による理由などではなく(もちろん理由の1つではあるが)、ESGという発想自体が、これまで保険業界が行ってきたことそのものであり、保険を取り巻くリスクマネジメントにおけるケイパビリティはESGという取り組みで必ずや貢献できると確信しているからである。

保険業界のケイパビリティ

今申し上げた保険をとりまくケイパビリティの最たるものは、「リスクという目に見えないものの定量化とその管理」である。保険業界の歴史は、絶えずリスクの定量化とその管理を本質的に行ってきており、昨今のサイバーリスクやレピュテーションリスクなどに関する商品開発はまさにその1事例と言える。

保険というものは、仲間を集めて各々が直面するリスクをシェアするということが基本的なコンセプトであるが、このリスクをシェアするというところに、リスクの定量化というプロセスがある。どれだけのリスクかわからなければ、どの程度シェアすべきかがわからないからである。
リスクをシェアする相手が保険会社である場合には、そのリスクを転嫁させるだけの相応のプレミアム(=保険料)を支払う。保険料は、そのリスクがどの程度の頻度で発生し、そして発生した場合にはどの程度の損害を被るかという定量化によって決まる。全体のリスクに対して、保険会社にシェアする割合が変われば保険料も変わる。
(厳密には、この部分の保険料を純保険料と呼び、実際の保険料は純保険料に対して付加保険料と呼ばれる代理店手数料や保険会社の利益、その他管理費を上乗せしたものになる)

換言すると、私たちは、保険と言うものを通じて、これまで直面しているものの得体のしれないリスクというものを定量化し、私たちにとってわかりやすい記号=数字に転換することで、認識を広げてきた。火災保険が無いとき、私たちは火災に対する損害に対して無力であったが、保険を通じて、そのリスクを定量化することで、火災に対するリスクに正しく対処し、会計的にそのコストを認識できるようになった。賠償責任の概念が社会に出現してきた際には、賠償責任に関するリスクに関しても、一定のレベルで定量化を行い、我々の認識の範囲内に収めていくことで、私たちはそれらの正しく対処できるようになった。まさに、外部に存在しているリスクを、絶えず内部化するその営為に、保険業界がこれまでの世界を変革してきた本質的な価値があると私は考える。

さらに、この動きは、時間/空間軸で考えれば、将来的なリスクを現在の横並びのステークホルダーでシェアし、先取りしようという試みである。こうして、私たちは不可知と思われた未来のダウンサイドリスクを少しずつ現在の活動において織り込んで考えられるようになった。
 

ESGの目指すところ

ESGも同じではなかろうか。ESGは簡単に言ってしまえば、これまで外部化されてきた環境や地域社会への負荷を目に見える形で、内部化する取り組みであろう。資本主義は、そのシステムの性質上、利潤創出のためにコストの圧縮に勤しんできた。近年では、このコスト圧縮のプロセスの中で、本来はコストとして認識すべきものを、外部化してきた点に注目が集まっている。例えば、本来はコストをかけて処理すべき環境負荷の高い化学物質が河川に流出し、その河川を利用した人々が病に倒れるという公害は、企業がビジネスの世界での経済性を追求した結果、その周辺に住む人々の環境や健康を害しているという外部不経済の典型的な事例である。経済学は、これらの事例を外部不経済と便宜上呼んでいるが、私たちの生きている世界とはこの「外部」である。明日の食い扶持も大事だが、長期的には、この「外部」を守らなければ、私たちの生活はままならなくなる。だからこそ、本質的には守らねばならない私たちの生きる場所が、なぜか「外部」とされていしまっている現状を再考し、これらのコストも加味したうえで経済活動を行うためにビジネスのルールを変えねばならないのである。

 
ESGが目指すべきところは、真っ当に環境や地域社会への負荷を計算し、資本主義の世界の中に織り込むことである。そして、その上で経済成長を続けるということにある。将来にわたって毀損される可能性がある資本を、現在において処理し、対応することで「真っ当な」経済成長を目指すというものである。

 
これはまさに、我々の認識の外部にあったものを、丁寧に定量化し、内部に落とし込んでいくこと、未来のダウンサイドリスクを先取りして現在で処理することであり、保険業界がこれまで行ってきたことそのものであろう。だからこそ、保険業界こそ、そのケイパビリティを発揮し、いち早く外部化されてきたあらゆる資本の内部化に、そのノウハウを発揮すべきではないか。
それこそが、保険業界の付加価値であろうとまさに思うのである。

最後に 


そして、最後になるが、リスクの語源はrisicareというギリシア語の由来し、この言葉の意味は「勇気をもって試みる」である。これまでの話は、現在ビジネスを行っている人々には必ずしも耳障りの良い話ではなかったであろう。しかしながら、今後も我々の住む地球環境を安定的に営むためには、勇気をもって変革しなければならない。私たち人間は、自分が生きているかわからない未来の危険を認識し、対策が取れるほど頭が良くない。だからこそ、将来にあたって存在しているリスクを、現代においてコスト認識し、先取りして処理する発想が不可欠なのである。そして、その発想こそが、保険業界がこれまで育んできたものである。これが私が考える保険業界がESGに取り組むべき理由である。

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