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【引っ越してきた猫】 徳さんの包丁 第二話

「おいっ、あっちいきやがれってんだ!出てけ!ほら、おい、跳ぶな!早く家に帰りやがれ!」

「徳さん、配達だよ、そろそろビールも日本酒も必要だろ、持ってきたよ、今日はさ、灘のいいのをさ、お値打ちで買えたんだ、って、おい、なにやってんだ、猫でも飼いはじめたのかい?鮨屋だってのに?」

「おい、しょうちゃん、こいつどうにかしてくれよ、昨日店しめるころから転がり込んできやがって出てきやしねえ、どうなってんだい、こんな猫見たことあるかい?きっとこの近所の猫が逃げてきやがったんだ」

「こいつは傑作だ、鮨屋に猫、そりゃ猫にとっちゃたまんねぇよな、大好物に囲まれて生きてけるんだからよ、徳さんも独り身だ、ちょうどよかったじゃない」

「おい、ちっともよくねぇや、商売あがったりだよ、仕込みもなんもできやしねぇ、ったく、すばしっこいやつだ」

「あ、タマ、こんなところに!」

「なんだい、お嬢さん、あんたんとこの猫かい、なんとかしとくれよ、昨日から押しかけてきて、今の今までこの有様さ」

「た、大変申し訳ございませんでした!昨日の夜から居なくなって、ずっと探してたんです。あぁ、でもよかった、見つかって。本当に申し訳ございませんでした」

「家の鍵閉めてもう逃がさないようにしてくれよ!」


翌日


「おい、徳さん、こないだのおろし金、ピンと仕立て直したぜ、使ってみろよ、ほら、これさ、いいだろ、っておい、なんだいその猫は?」

「建よ、なんとかしてくれ、昨日飼い主が連れて帰ったと思ったら、また戻ってきやがったんだ。なんでかしらねぇ、出てかねえのよ」

「だいぶ顔疲れてるぜ、飼い主の連絡先とか聞かなかったのかよ」

「まさか戻ってくるとは思わなかったからな、最悪だ、めちゃくちゃだ」

「すいません、またタマが!」

「お嬢さんかい、勘弁しておくれ」



「へぇ、じゃあこのタマはひと月ほど前に亡くなった親父さんの飼ってた猫ってことかい」

「はい、そうなんです。父は明石で一人暮らししていたんですけど、突然のことで。事故でした。葬儀が終わって落ち着いたら、タマをどうするかって話になって、うちはペットOKのアパートだったんで、結局タマはわたしが引き取ることにしたんです。」

「明石か、ずいぶん遠いね、そうか、またうちに来るかも知んねえから、すいませんが、連絡先だけ置いてってください」

「はい、もちろんです。本当に御迷惑をおかけしました」

「まあ、いいってことよ、じゃあ」



そしてその日の夜、店の終わるころ、タマがやってきた

「タマ、またお前かい、いったいどうしてここにくるんだ、なんかあるなら言ってみろ、黙っといてやるから」

「にゃーぉ」

「おとなしくしてるんだぞ、今お嬢さん呼ぶからな」

「にゃーぉ にゃーぉ」

「なんだい、言いたいことがあるなら言ってみろ。」

徳さんはしゃがんでタマに視線を合わせる。きっとタマにとって大事なものがこの店にあるはずだ。そいつがわからない限り、毎晩こいつが来ることになる。寝不足が続くということだ

「にゃーぉ」

タマがパッと跳ねて店の奥へ駆けていく

「おい、待て、もう掃除も終わったんだ、おとなしくしろ!」

タマは乾物類の置いてある場所でおとなしく座り込む

「はぁ、すばしっこいな、ん、あ!そういうことか、タマよ、わかったぞ、タマ、よしよし、そういうことだったんだな、今日はいいぞ、泊まっていきな、明日の朝お嬢ちゃんに連絡するよ。もう寂しくなんかないや、タマよ、もう寂しくなんかないぞ!」



翌朝


「すいません、本当に申し訳ございません、タマが何度も何度も。」

「まあいいって、座りなよ、わかったんだ、タマがうちに来る理由がな、へへ」

「理由、ですか?」

「そうさ、理由さ、タマには理由があったのさ、こいつだよ」

徳さんが得意げに、袋に入ったそれを差し出す

「海苔?ですか?」

「そうさ、海苔さ、親父さんとタマの住んでた町、明石はね、美味しい海苔のできる場所って事で有名なんだ。11月にもなれば収穫が始まって、冬の間収穫しては干し、それを繰り返すのさ、きっといい香りがしたんだろうね、うちのは明石のじゃないけど、国産のいい海苔だ、同じような香りがしたんだろうよ」

「まさか、そんな、海苔の香りを見つけて、ここに」

「きっとそうさ、ほら、海苔近づけると穏やかな顔になるだろ?」

「あぁ、タマ、気付いてあげられなくてごめんね」

「何も謝ることはねぇさ、新しく一緒に暮らそうってんだ、お互いに理解し合うことが大事ってこった」

「本当に、本当にありがとうございます」

「たまにはタマにいいノリでも買ってやんな、ってね、いや、たまにはタマにって、まぁいいや、浅草の辺りに行けば海苔屋があるからさ、ちょっと買っといて家に置いときな、時々一緒に食べたりしてな、うまいぜ、いい海苔は、きゅうりでも何でもいいから、醤油をピッとつけて、海苔で巻いて、いいね、つまみにぴったりだ」

「そうします!」

「あ、そうだ、今夜タマ連れてなんか食べにきな、せっかくだ、灘のいい酒があるんだ、同じ兵庫さ、パリッパリの海苔にバッチリさ」

「ぜひ、お願いします!」




日も暮れて、楽しい声が聞こえている

小さな町のお鮨屋さん

タマは魚の切り落としをもらい、お腹も満たされたのかうとうとし始める。

海苔のある店の奥、横たわり、少しの眠りにつく

遠い海の香りのする中、たくさんの新しい友達ができた




【続く】

本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。