【タピオカ】　フィクション

「お客様、店内へタピオカのお持ち込みはご遠慮ください」

「え？じゃあこのタピオカどうすんの？捨てろってこと？」

「飲み終えてからご来店されるか、こちらでお預かりすることもできますが、どういたしましょうか？」

「いいよ、飲まないから持っておくよ」

「かしこまりました。」

タカシとユウは人気の海鮮系居酒屋に来ている。新鮮な青物や貝が良心的な値段で食べられる人気の居酒屋だ。

飲み物代を浮かすために二人でタピオカを持ち込んだ。混んでる店だし見つかりやしないだろう、そんな魂胆だったがすぐに見つかり、タカシはたいそう機嫌を損ねていた。

それにしても凄い賑わいで、次から次へとお料理や飲み物がテーブルへ運ばれていく。

そのどれもが力に満ちていて、いきいきとした店員のリズムが臨場感を与えている。

注文していた千葉県金谷産のアジのお造りが来た。ブリンと噛みごたえのある新鮮な身にたっぷりのネギと生姜、それを大葉でくるんで口へ放り込む。美味い。薬味の放つ気泡のような清涼感がアジを引き立てる、そこに醤油の塩味、身の内側に隠れていた脂が合わさって、幾重もの層を成して口の中を潤していく。

「クソうまい、これ食ってみ」

タカシはユウにその食べ方を勧める

「うわっ、おいしい。こんなのはじめて」

「だべ？」

タカシがタピオカを口に含む

「あ、ダメよ、飲んだらいけませんって言われたでしょ？」

「ちょっとぐらいわかんねぇよ。」

遠くからそれを見つめる瞳、先程の店員

次は伊豆のホウボウの刺身。小ぶりな身ながらも身の柔らかさとクセのない味わいがクセになる。少しのワサビが甘味を引き出して、なんとも優雅な味わい。

たて続け、北海道のツブ貝の壺焼き。グツグツと吹き出される蒸気と醤油の焼ける香り、たった一つの貝が五感を刺激し続ける

「うますぎだろ、これ、クオリティやばい」

タピオカをまたグビっと

また遠くからそれを見つめる瞳

御前崎のカマスの塩焼き、これにはもう手の震えを隠しきれないほど感動した。多めにふられた塩とカマスのやや水っぽい身が秀逸。ジューシーと言っても表現しきれない。カマスほど塩と相性の良い焼き物はないのではないか、これは究極だ、タカシは心を揺さぶられた。

「すんげぇわ、うまいどころのさわぎじゃねぇ、カマスうめぇ」

ぐびり、タピオカを口に含む

遠く、それを見つめる瞳

「本日もご来店いただきまして誠にありがとうございます！今日のスペシャルイベント、五月姉妹によります奇想天外なマジックショーをお届けします！皆さま店内厨房前のステージにご注目ください！」

店内にアナウンスが流れる。

店内の視線がステージへ向かう

ここぞとばかりタピオカを。それを見つめる瞳。

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

ステージ上で五月姉妹がしゃがんでは飛び、しゃがんでは飛び、同じ言葉を繰り返す

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

ボンっ、店内様々なところで音がした。唐揚げなど色の濃いものが音とともにウニ状のものに変わっていく

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

しじみやアサリなんかもつぎつぎとウニへ変わっていく

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

店内大騒ぎだ、突然のウニに喜び、殻を割り、甘い身をせせる

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

突然タカシのタピオカの容器が破裂し、大量のウニが溢れ出た

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

「うわっ、ラッキー、タピオカがウニになった！うめぇ、このウニちょー甘くて最高、おい、お前も食べろよ」

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

見つめる瞳

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

急にタカシはうずくまる。腹をおさえ、うずくまる。とんでもない量の汗を流しながら

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

微動だにせず見つめる瞳

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

一点を見つめる瞳

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

タカシが薄れゆく景色でその視線に気づく

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

なにか店員の口が動いた

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

目を見開き、タカシは店員をみつめる。視界がチリチリと狭窄していく

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

感情のない瞳、また、何か、口が動いた気、がした

「まっくろくろすけでておいで！まっくろくろすけでておいで！」

世界が黒く塗りつぶされた